2019年6月20日木曜日

続「東洋人と西洋人の思考スタイルの違いをコンテクスト(文脈)に基づく新しい理論で説明」

 前回の記事で、Norhayati Zakaria先生との共著である Explanations for cultural differences in thinking: Easterners dialectical thinking and Westerners linear thinking.を、私の大学からプレスリリースしていただいたことを述べたが、これは、大学ホームページに研究紹介として改めて掲載されている。

 恥ずかしながら、このレビュー・理論論文が掲載されるまでにはかなりの紆余曲折がある。最も初期のアイデアは、2012年に札幌で開催されたCogSci2012において発表されている。
リサーチクエスチョンは、西洋人が比較的ルールに依拠して矛盾を嫌うが、東洋人は矛盾があってもそれを弁証的に受容しやすいという文化差をどのように説明するかである。これまでは、前回の記事にもあるように、「西洋の個人主義・東洋の集団主義」や、「西洋のギリシャ哲学・東洋の陰陽思想」という区分で説明されてきた。当初は、それに西洋の低コンテクスト文化・東洋の高コンテクスト文化という区分でも説明できますよというスタンスだったが、これでは主張として弱いということが問題だった。最大の難点は、エドワード・ホールが主張する西洋の低コンテクスト・東洋の高コンテクストという区分について、心理学的な実験・調査による証拠が少ないということである。

 しかし、2012年の学会発表以降、このような証拠が次々に集まりだし、また、これまで「西洋の個人主義・東洋の集団主義」と解釈されてきた研究が、コンテクストの高低の証拠とみなせたりするなど、証拠固めが進められてきた。

 さらに、ホールの理論がコミュニケーションの理論にとどまっていたのに対し、私たちはこれをビッグ・ヒストリーの理論として発展させた。つまり、67万年前のホモ・サピエンスの拡散から、地勢的・生態学的な要因によって文化多様性が生じたとするアプローチの中に位置づけることを試みたわけである。私の中では、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』は憧れの書なのである。概して、低コンテクスト文化は異文化交流時など、コンテクストを利用できない状況で形成される。歴史的には、異文化交流が頻繁な状況で低コンテクスト文化が形成されやすいわけである。しかし、異文化交流の結果、一つの文化に統一されれば、再度高コンテクスト文化に移行する。地勢的・生態学的に説明すれば、資源や産物の偏在があれば異文化交流は活発になるが、大きな平野に稠密な人口などがあると、一つの文化に統一されやすいということだ。これは下の図にフローチャートで示されるが、ギリシャやローマは典型的な前者であり、中国は後者になる。中国は多くの異民族の侵入に悩まされたが、漢文化として統一されている。そして、ギリシャでは矛盾を許さない論理学の伝統が生まれ、中国では陰と陽は表裏一体という思想が生まれたわけである。これらは、日本心理学会が発行している『心理学ワールド』においても解説されている。

 人々の世界観や思考スタイルを、地勢的・生態学的な要因で説明するのは、遺伝子から一足飛びにその人物の知能や行動を説明するような飛躍があるかもしれない。ホモ・サピエンスは、哲学的伝統だけではなく、それぞれの地域においてさまざまな文化スタイルや経済システムあるいは制度を作り上げてきた。それらが、複雑にからみあって、高コンテクスト・低コンテクストという文化の違いや、思考スタイルの好みが生まれてきているのだろうとは思う。しかし、民族の遺伝的な違いという要因を考慮せずに文化差が説明できるというジャレド・ダイアモンドに代表されるこのアプローチは、非常に魅力的なのだ。

2019年6月13日木曜日

プレスリリースー東洋人と西洋人の思考スタイルの違いをコンテクスト(文脈)に基づく新しい理論で説明


 先日、心理学の国際誌であるJournal of Cognitive Psychologyに理論論文が採択され、オンラインではすでに掲載されている。 自然科学系の学術誌と比較するとインパクトファクターが見劣りするが、社会科学系の理論論文で、ひきこもりや無縁社会の問題にも関係するとして、大学からプレスリリースしていただいた。以下がその内容で、本ブログでも紹介したい(一部略)

<概 要>
 大阪市立大学大学院文学研究科の山祐嗣教授は、アラブ首長国連邦のウロンゴン大学ドバイ校のNorhayati Zakaria博士と共同で、「東洋人と西洋人の思考スタイルの違いという文化差」を説明する新しい理論を発表しました。東洋人は、西洋人と比較して、矛盾があってもそれを受容しやすいという弁証法的傾向が強いとされていますが、これまでは、この違いは、東洋の集団主義文化・西洋の個人主義文化という枠組みで説明されていました。つまり、東洋人は集団主義文化の中で調和を重んじ、対立あるいは矛盾する主張があっても集団の調和を崩さないように弁証法的になるという説明です。しかし、上記の通説では説明のつかない事例が存在することから、山教授とZakaria博士は東洋の高コンテクスト1文化・西洋の低コンテクスト文化という枠組みで説明を試みました。コンテクストとはコミュニケーション時に話し手と聞き手が共有する暗黙の了解で、その依存度が高いと高コンテクスト文化になります。日本は「阿吽の呼吸」がよしとされる典型的な高コンテクスト文化です。つまり日本を含めた東洋では、コミュニケーションがコンテクストに依存する度合いが高いため、少々の矛盾が含まれていても暗黙裡にそれを解消できるとする規範が形成されているとする説明です。この説明は、地勢的・生態的要因から文化多様性をとらえるビッグ・ヒストリー2とも結びつけられ、また、日本と中国の差異の説明にも適用されています。

本内容は、英国の心理学専門誌『Journal of Cognitive Psychology』の出版に先立ち、201964日(火)にオンライン版に掲載されました。
1 コンテクストとはコミュニケーション時に話し手と聞き手が共有する暗黙の了解 。その依存度が高いと高コンテクスト文化となる。
2 ビッグバンから現在までの歴史を、自然科学と人文科学の数々の学問分野を結合した学際的アプローチを用いて研究する新しい学問分野。

雑誌名:Journal of Cognitive Psychology IF1.241
論文名:Explanations for cultural differences in thinking: Easterners dialectical thinking and Westerners linear thinking. 
著 者:Hiroshi Yama, Norhayati Zakaria 

<研究者からの一言>
 東洋と西洋の文化の違いについては、極めていいかげんな言説から、科学的あるいは理論的検証に基づいたものまで、数多く議論されています。この理論論文は、思考スタイルの差異についての科学的な多くの研究をレビュー・吟味した上で、新しい説明理論(東洋の高コンテクスト文化・西洋の低コンテクスト文化)を提唱したものです。この理論は、ビッグ・ヒストリーの枠組みにフィットし、現代のグローバル化にも示唆を与えてくれると期待できます。

<本研究の概略>
 「過度の卑下は半分自慢」という諺は矛盾を含んでいます。この矛盾から、この諺は不可解と判断されるでしょうか、それとも「なんとなくは理解できる」と判断されるでしょうか。このような矛盾が含まれた諺を中国人はアメリカ人よりも好むという研究に端を発して、思考スタイルについての多くの比較文化研究が行われました。これらをまとめると、西洋人はルールを重視する線形的思考スタイルを好み、東洋人は矛盾があってもそれを受け入れるという弁証法的思考スタイルを好むということになります。
 このような思考スタイルの文化差は、これまで主として東洋の集団主義文化・西洋の個人主義文化という区分の枠組みで説明されています。個人主義とは、自分自身を家族や仲間といった集団から独立したものとみなし、他者の目標よりも自分の目標を優先するという社会的パターンとして定義され、一方、集団主義とは、自分自身を集団の一部と見なし、自分自身の目標よりも集団の目標を優先し、集団内での調和を重視するという社会的パターンとして定義されます。一般に、西洋(欧米)は個人主義文化で、アジア、アフリカ、中南米は集団主義文化であると考えられています。
 この区分によって、東洋の集団主義文化では集団の調和が重んじられ、矛盾や対立があってもそれをそのままで受容するという態度や規範が形成され、弁証法的思考スタイルが好まれるという説明がなされてきました。しかしこの理論的説明には、チリやメキシコなど、南米の人々は集団主義文化だが弁証法的思考スタイルを好むわけではないという反例に突き当たります。そこで提唱されているのが、哲学的伝統による説明です。つまり、西洋にはギリシャにおける論理学を思考の規範とする伝統、東洋には陰と陽は表裏一体という陰陽思想という伝統があります。東洋では、「世界は流動的で常に変化している、そしてそれぞれの事象・事物が互いに結びついている、したがって矛盾は至るところで起きている」という世界観が形成されるというわけです。この理論は説得力がありますが、ではなぜこのような哲学的伝統が生まれたのかという説明に欠けます。
 そこで本研究で提唱された理論的説明は、エドワード・ホールが提唱した「東洋の高コンテクスト文化・西洋の低コンテクスト文化」という区分によるものです。コンテクストとは、コミュニケーション時に話し手と聞き手が共有する暗黙の了解です。このコンテクストに依存する度合いが高いと高コンテクスト文化になります。たとえば、日本における「阿吽の呼吸」や「察する文化」が典型的な高コンテクスト文化における現象です。これによって、東洋では、コンテクストを利用するという規範が形成されており、少々の矛盾があってもそれを暗黙裡に解消することができると人々が信じていて、弁証法的な思考スタイルが好まれると説明されるのです。
 高コンテクスト文化・低コンテクスト文化の理論は、地勢的・生態的に文化多様性を説明するというビッグ・ヒストリーという枠組みに位置づけることも可能です。一般に、異文化交流時にはお互いが暗黙理にもつ文化的背景に頼ることができず、低コンテクスト状況になります。つまり異文化交流が活発なところで低コンテクスト文化が形成されやすく、異文化交流が保たれるかどうかは、「資源や産物が遍在し、交流の手段がある」、「交流した結果、単一の文化が形成されにくい」という地勢的・生態的要因と結びつけることができるのです。ギリシャをはじめとする西洋は比較的この条件が満たされますが、中国は広闊な平野において漢民族を中心に文化的統一がすすみ、2番目の条件が満たされないということになります。
 本理論のもう1つの強みは、中国と日本の文化差を説明できるという点です。本研究では、日本と中国が含まれたいくつかの比較文化研究のメタ分析(既発表のデータについて、中国と日本とだけを取り出して比較)が行われ、日本人が中国人よりも弁証的思考スタイルを好むということが示されました。これは、集団主義・個人主義という枠組みでは説明できません。なぜならば、概して、中国人のほうが日本人よりも集団主義的であると考えられるからです。一方、コンテクストについては、日本人のほうが中国人よりも高いとされます。その第1の理由は、言語の特徴で、日本語は中国語よりも圧倒的に主語が省略されます。主語は、コンテクストによって復元することができれば省略が許容されやすくなりますが、日本人のほうがコンテクストに頼るという文化規範が形成されているわけです。第2の理由は、中国は主流となる漢民族に統一されたとはいえ、島国の日本と比較してはるかに異文化交流の歴史をもっています。すでに述べたように、異文化交流は文化を低コンテクスト化させるのです。

<今後の展望:理論的発展と産業化やグローバル化への示唆>
 本研究には、理論面と実践面での展望があります。実は、高コンテクスト文化・低コンテクスト文化という区分については、心理学においてまだまだ研究が行われておらず、国々を高コンテクストから低コンテクストに1次元上で並べることができるのか、複数の次元によるものなのかもあまり判明していません。この点はもう少し明らかにする必要があるでしょう。
 また、日本をはじめとする各国において、産業化という分業によって、多くの人々が伝統的な村落共同体から都市に住むようになりました。概して、都市では低コンテクスト文化が形成されやすいと考えられますが、このような研究はまだ行われていません。しかし、産業化の変化が速すぎると、高コンテクスト文化が維持されたままコンテクストを利用できないという状況に陥ります。育った文化背景をよく知らない人たちとのコミュニケーションや交流が必要な状況で、適切な低コンテクスト文化が形成されないと、私たちは不安になります。それが見知らぬ相手に対する恐怖や敵意に変わると、無縁社会や「ひきこもり」などの社会的孤立を生み出す原因となるのかもしれません。実際、「ひきこもり」が多いのは、日本や韓国、台湾ですが、いずれも産業化がすすんだ高コンテクスト文化の国です。高コンテクスト文化の国ほど、このような産業化に対して、社会的な問題が生ずると考えられます。
 現代は、国際的なグローバル化の時代でもあります。わたしたちは、多くの異文化交流を経験するだけではなく、多文化共生社会を創り上げていく必要があります。このような状況では、文化背景を異にする人々には、高コンテクスト文化的な交流が通じない場合があります。相手が望みもしない「おもてなし」をすると困惑されるでしょうし、せっかくの「おもてなし」をしているのに感謝されないという不満も生ずるかもしれません。「自分がして欲しいことは相手もして欲しいはずだ」という道徳の黄金律は、文化が異なると必ずしも通用しないのです。
 これらの社会的な問題は、山祐嗣教授の近刊の著作に記されています。
『「生きにくさ」はどこからくるのか―進化が生んだ二種類の精神システムとグローバル化』 新曜社

2019年6月6日木曜日

米中貿易戦争の背景は何なのかー某時事番組での違和感

 先日、ある時事番組を見ていて、米中貿易戦争への対処についての意見について恐ろしく違和感を覚えた。このブログでは、独裁国家としての中国の怖さについて記した記事が2つある。

中国とはどうつきあっていくべきなのか
中国の脅威と人権問題―なぜ日本のメディアは問題視しない?

 しかし、その番組では、習近平の中国に対して、関税や華為(Huawei)の排除という形で圧力をかけつつあるトランプ政権を安倍政権が支持するということが批判されていた。メディアが政権を批判できるというのは健全な民主主義かもしれない。しかし、批判の理由が、貿易摩擦によって日本も被害を受けるとか、すり寄り行為への揶揄とか、そういうことに終始していたことに違和感を覚えたのである。

 彼らは、習近平政権の中国の実情を知っているのだろうか? 知っていないはずはないが、批判すると差別的嫌中の輩と同一視されてしまうのが怖いのだろか。現実に政権を運用する立場として、隣にとてつもない独裁国があっても、それをおおっぴらに批判したり交流を遮断したりすることはできない。実際、安倍政権から表立った中国批判はあまり聞かない。もし安倍政権を批判したいならば、メディアは、その現実路線、つまり独裁政権を大っぴらに批判していないことを批判すべきなのではないだろうか。

 米国をはじめとする民主的な国々は、中国も豊かになれば民主的な国になる(それが、政治・経済の一般原則のはずである)と信じてODE支援をし、貿易を重ねてきた。ところが、習近平政権になってからは、独裁、国内の人権侵害、国際社会における秩序破壊など、目に余ることが多くなってきた。日本のメディアが健全な批判勢力であるならば、それに対する日本の現政権への弱腰を批判し、香港の雨傘運動、台湾、チベット、ウイグルなどの支援を強化すべきと主張するのが真っ当なあり方ではなかろうか。

 毎日新聞は64日の社説で中国を「異質な大国」と評したがまさにその通りだと思う。天安門事件30周年の厳戒態勢は異様だった。独裁国が、経済的にも軍事的にも力をもつと、さまざまな懸念を生む。南シナ海における拡張主義はすでに知られているが、このような武力をちらつかせた国際的秩序の破壊以外に、ITの優位性を利用した情報の独占・操作や自然環境破壊、とくに共有地の悲劇を招くようなパワーゲームを平気で推し進める可能性もある。民主国家のメディアならば、この独裁に対する中国内外の批判勢力と連帯していくべきだろう。

2019年5月31日金曜日

「生きにくさ」はどこからくるのか―進化が生んだ二種類の精神システムとグローバル化


 あと1か月ほどで、新曜社から上記のタイトルの拙著が出版される (アマゾンでは、すでに予約受付が始まっている)。これまで、この内容を小出しにここで書いているが、出版後は、議論をしながら改めて紹介していきたいと思う。以下が前書きである (謝辞は削除している)。

はじめに

 世間一般に流布している信念が、研究者間での常識と食い違っているということは数多くあるが、現代では人々がモラルを失い、殺人や争い等も増えたという言説もその代表的なものだろう。さすがに最近はそういう報道は少なくなったが、世間を揺るがす殺人があるたびに、現代社会の病理であるとか、豊かになった現代人は精神が貧しくなったなどと論評されることが非常に多かった。今でもインターネットで検索すると、現代は豊かさの中でモラルが失われた時代だという主張が恐ろしい数でヒットする。

 しかし現実には、現代は殺人が激減しているということは、歴史統計学者や人類学者の間では当然のこととされている。一九九九年に日本語訳が出版された、マーティン・デイリーとマーゴ・ウィルソンの共著である『人が人を殺すとき―進化でその謎を解く』においても雄弁に語られている。それにもかかわらず、そのような専門書は人々やメディアの目に触れることは少なく、あいかわらず、太古の昔には人類は平和に暮らしていたが、貨幣や武器の発明とともに凶暴になり、さらに現代ではハイテクで人間性が失われてしまったと信じている人は多い。そして、そのような言説と、本書のタイトルにある「生きにくさ」が結びつき、「現代人は精神が貧困になり、私たちは生きにくさを感じるようになった」という神話が生まれているのだと思う。

 タイトルにあるように、私は「生きにくさ」自体は否定していないが、過去の人類史からみれば、それでも現代はすばらしい文明の時代だと思っている。実際、人類の三大難敵である、飢餓、疫病、戦争は20世紀後半以降かなり姿を消した。戦争だけではなく、暴力も随分と減少した。精神が貧困になっているどころか、差別等は明らか小さくなっている。それにもかかわらず、私たちは、この現代に何か「生きづらさ」を感じている。これは単に主観的な印象だけではない。豊かになった一方で、自殺者は決して減少してないが、これは「生きにくさ」の客観的な指標になりうる。

 この問題に対して、本書は、人間の精神における、「進化的に古いシステム」と「進化的に新しいシステム」を想定する立場からアプローチしている。進化的に古いシステムにおける処理は、速いのだが固定的で柔軟性を欠き、怒り・恐怖や喜びなど強い感情と結びついている。一方、進化的に新しいシステムは認知の容量が大きくなって可能になり、柔軟な思考を可能にしてくれる。したがって、文明化の人類史は、この進化的に新しいシステムによる古いシステムの制御の歴史ともいいかえることができるわけである。

 この視点から論じようとすれば、どうしても進化心理学的あるいは文明史的な議論が必要になってくる。その意味で、本書は、ビッグ・ヒストリー志向の書籍である。とくに本書の中で私は、現在の豊かさの源泉は、進化的に古いシステムにおける、人類を協同と分業へと向かわせるメカニズムにあるという視点を明確にしている。そして、進化的に新しいシステムは、この協同と分業が柔軟に行われるようにしてきたといえるのである。分業は、専門化によって生産等を効率的にしてくれるので、現代の豊かさをもたらしてくれている。

 この分業の大規模化がグローバル化であるといえるわけである。そして、本書では、ひきこもりなどをうむ現代の「生きにくさ」は、このグローバル化の中にあると主張されている。ただし、本書の趣旨は、このグローバル化をストップさせるのではなく、このグローバル化環境において適した文化を創生していこうというものである。グローバル化は、現実にはいろいろと局所的な問題をもたらしてはいるが、戦争の抑止という点でも、分業の効率化という点でも、この方向性の否定をするべきではない。

2019年4月27日土曜日

還暦を迎えてー悪性リンパ腫体験記

 この4月に還暦を迎えて晴れて60歳になった。振り返れば、42歳の時に大腿骨の骨頭部が原発という悪性リンパ腫に罹患し、幸いに再発はなく、生存目標を45歳、50歳と延長してきた。それだけに、60歳になることができたということには感慨深いものがある。ここへ来て定年後どうするかという問題が生じてきたが、この心配ができるということはなかなかの幸運なのかもしれない。

 あまり他の人には語ったことはないが、半年間の入院の後、人生観は大きく変化している。私自身、大学の教養課程時には、鈴木大拙など、けっこう仏教についての書籍を読んでいたので、自分が死ぬことを意識し始めたら、もっと宗教的な人間になるかと思っていたのだが、意外にも唯物論的になっていった。チャールズ・ダーウインやリチャード・ドーキンスやの影響も受けていたのだろうと思うが、かけがいのない私自身といえども、何代もコピーされ続けてきた遺伝子が作り上げたタンパク質の塊であり、その中の情報伝達機構から自分という概念が生まれているにすぎない。そう考えると、人生の意義とは何かとか、自分は何のために生まれてきたのだろうという問いかけは、ほとんど疑似問題になってしまった。

 入院期間中は、手術 (通常、悪性リンパ腫は、頸部や鼠径部のリンパ節が多いので手術は必要ないが、私の場合は骨が原発なので、手術が必要だった) の後や抗がん剤治療でグロッキー状態であるとき以外は、かなり時間があって暇である。おそらくこれだけテレビを見たのは人生においてあまりなかったのではないかと思う。そのときに印象に残り、かつ好きだったのがサンクロレラのコマーシャルである。悠久を感じさせる音楽を背景に、クロレラが何億年も前から生命をつないでいるというメッセージを聞くと、自分自身もこの連鎖の中のごく一部だという感覚になり、自分の生とか死がとてもちっぽけなことに思われたのである。

 入院していた2001年は、小泉旋風が吹き荒れていたころである。私は、自分の人生の中で政治家になりたいと思ったこともないし、政治家として活躍した人に対して羨ましさなどを感じたことは微塵もなかったのだが、不思議なことに、このときは政治家のエネルギーが羨ましかった。選挙で選ばれて喜びと抱負を語る当選者には、何かしら生きるエネルギーを感じていたのかもしれない。腫瘍が悪性であるという告知を受けた一週間ほど後の夕刻、病院の窓から外を眺めたとき、帰宅中と思われるたくさんの人々を見て、彼らが本当に羨ましかったのだが、彼らから感じたエネルギーを同じように当選の政治家からも感じ取っていたのだろう。

 なお、コマーシャルついでながら、そのころ著しく不快感を抱いたのは、2000年に結成された保守新党の宣伝コマーシャルである。そこころ党首であった扇千景が、「ホシュピタル」の医師に扮して、病んでいるという想定の国会議事堂に点滴をうつというものだった。抗がん剤治療中は、定期的に点滴で抗がん剤を注入するのだが (当時、患者間ではそれを「ヒモつき」と呼んでいたが)、何やら点滴患者がおちょくられたように感じられたのである。私は扇の政治家としての力量や功績はよくわからないが、この人には全く羨ましさは感じなかった。

2019年4月13日土曜日

『西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラム (The strange death of Europe: Immigration, identity, Islam)』―かなりショッキングな内容の著作である


 前回の記事で、ブルネイを取り上げた理由は、「文化相対主義」と「欧米の知識人に共有される罪悪感」が、実はヨーロッパにおいて大きな移民問題を引き起こしているということを雄弁に語ったダグラス・マレーによる問題の書『西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラム』にショックを受けたためである。

 ヨーロッパは、アジアやアフリカからさまざまな搾取を行い、非人道的な扱いをしたという罪悪感から、今まで多くの移民を受け入れてきた。そして移民への反対や差別的な対応は、ヨーロッパ人が価値があると考えてきた人権観やリベラリズムに反するものとして、忌避されてきたようだ。また、文化には優劣がないとする文化相対主義もそれを援護してきた。

 ところが、難民とはいえない不法移民が次々にやってきて、移民の数が度を超えてくると、ドイツをはじめとするヨーロッパの国々においてさまざまな問題を引き起こしているようだ。昨年の3月にフランスのツールに滞在したときも、街のいたるところに移民と思われる物乞いがいて、もうすでに知識人の間でも彼らにはかなりネガティヴであった。もう15年も前だが、2004年のヨーロッパでのある国際学会に参加したときも、参加者の中にトルコがEUに加盟したがっているということに不快感を示す人が多かったのに驚いた経験がある、「EUは異文化に寛容なのではないのか」と。彼らの反対の理由は、やはりトルコにおいてヨーロッパ人が想定している人権がほとんど守られていないということだった。

 イスラム教あるいはイスラムの人々が怖いというわけではないのだろうが、問題視されているのは、イスラムからの移民たちが、彼らの価値観をそのままヨーロッパに持ち込んでいるという点にあるようだ。残念ながら、ブルネイでの事例と同じように、女性やLGBTの人権を守ろうという意識は低いようだ。また、原理主義者による、ヨーロッパのイスラム教研究者への身の危険は絶えず起きているようである。

 マレーは罪悪感自体に対してはネガティヴなわけではない。しかし、これが、道徳的陶酔に陥ると、すでに大きな問題になっている文化摩擦等について目をつむることになり、不法移民を含む大量の移民に対してあくまで寛容さを保とうとする姿勢となって、リベラルを重んじる政治家が問題を先送りしている点を批判している。つまり、西洋のリベラルは、女性の権利やLGBTの権利を主張し続けながら、そのような権利を認めようとしない人々を何百万人も移入することに賛同し続けたというわけである。

2019年4月6日土曜日

ブルネイの新刑法―これは批判されるべき


 石油資源が豊富で一人当たりGDPがアジア有数のブルネイにおいて、不倫や同性間の性交渉に対しては石打ちによる死刑、レイプや強盗、預言者ムハンマドへの侮辱にも死刑という、シャリアに基づく新刑法が施行されたようだ。とくに、石打ち刑は、下半身を地面に埋め、死刑囚が死ぬまで周囲の民衆が石を投げつけるという、とてつもなく残虐なものである。さすがにフランスをはじめとする国々から批判の声が起こり始めている。

 従来、イスラム教のこのような刑罰について、眉をひそめることはあっても、欧米をはじめとする国々から大きく批判されることはなかった。それには二つの理由があり、第一は文化相対主義である。文化相対主義は、それぞれの文化に固有の価値があってそれにのっとった文化習慣が形成されており、どの文化が優れているのかという基準は存在しないとみなしている。この考え方は、西洋文化あるいは西洋人が優れているとする西洋至上主義に異議を唱えるとものとしてリベラルと考えられている。したがって、イスラム教徒の文化習慣を批判すると、リベラルとは真逆のレイシストと見なされる危惧があるわけである。第二は、欧米の知識人に共有される罪悪感である。欧州列強による植民地化、アメリカやオーストラリアにおける先住民への暗黒の歴史、アメリカにおける黒人奴隷など、反省すべき材料は多い。この道徳的罪悪感から、イスラム教徒などに対する批判がなされにくいのである。これは日本にも同じことがいえ、とくにブルネイは第二次世界大戦において占拠しているので、批判しにくいだろう。

 しかし、このブルネイのシャリアに基づく新刑法は、やはり批判されるべきだ。宗教には排他的な側面があり、たとえばキリスト教も異端拷問や魔女狩りなど、暗黒の歴史をもっている。しかし、キリスト教側は、18世紀ころから、魔女狩りを終焉させ、異教徒への弾圧を減少させ、罪人あるいは被疑者に対する厳罰のを減させ、またそれに伴う拷問も用いられないようになってきた。この背景には、小説の普及や啓蒙主義・人道主義の普及があると推定されるが、これらはヨーロッパ人の自助努力によるものである。

 このようなことがなぜブルネイで生じていないのだろうか。豊かになると民主的かつ人道的になるというのは、普遍的な傾向だと思われるが、この法則がブルネイではなぜ成り立っていないのだろうか。私は、ブルネイは行ったことがなく、人々の暮らしを肌で感ずることがないので、理由はわからない。しかし、石打ちなどの残虐な刑罰に対して、人々が嫌悪を感ずるような文化は育たなかったのだろうか。豊かになって西洋的な価値観も流入していれば育ってくるとは思うのだが、ひょっとしたらその変化が急速すぎて、変化に対する危機感から反作用的にシャリアを守っていこうという潮流が生まれたのかもしれない。しかし、日本も、第二次世界大戦での迷惑は別のこととして、ブルネイの人々のためにも国際的な批判の輪に加わるべきだろう。