2018年4月30日月曜日

広島対長崎―初の被爆地チーム対決


 428日、V・ファーレン長崎がJ1に昇格したことによって、Jリーグにおいて、初のサンフレッチェ広島と長崎の対決があった。この試合は、被爆地対決として平和祈念マッチあるいはピース・ダービーとして盛り上げられたが、とても良い試みだと感じた。316日のブログで、イングランドのフットボール(英国では、サッカーとは言わない)文化の厚みについて述べたが、日本のサッカー文化も、こういう活動を通して地域に根付いたり、海外にアピールしたりすることができたりすればと思う。

 原子爆弾の被害の甚大さについてはここで書く必要がないほどいろいろなところで語られている。しかし、それが日本人のみならず世界の人々に伝わっているのかというと、まだまだ心もとない。先日も、野球の試合で、広島カープに対して、「原爆落ちろ」というヤジがとんだということがあったが、依然としてこういう冗談が発せられていることが悲しかったが、同時に、非常に大きな反響も呼び、冗談でも許されるべきではないという認識が広まっていることにはほっとさせられた。

 私たちが原子爆弾の禁止を訴えていく点で、さまざまな問題がある。一番大きな問題は、大国あるいはいくつかの好戦的な国が核を保有している現状で、どのように訴えていくべきかである。私は、専門家ではないので、どうすべきなのかはよくわからないが、このような現状を踏まえずに政治運動化してしまった核廃絶運動には全面的な賛成はできない。

 平和学という領域の人たちと本格的に話す機会をもったのはもう10年以上前である。残念ながら、日本で平和学というと政治運動化しやすい。しかし、世界で研究されている平和学では、現代の平和をどのように評価し、どのようにして達成されてきたのかという問題や、文化摩擦を生む要因は何なのかという問題を、冷静に分析的に検討するという手法が中心である。例えば核による戦争抑止が、実際に効果があるのかという分析も行われている。この点については、20171126日の「改憲論議の前に」でも述べている。

 平和祈念マッチは、政治的運動からは距離をおいて発展させて欲しい。日本人が、単なる被害者であるということを超えて、いかに強く核廃絶を願っているのかということを、平和学を研究する人々に理解して欲しいし、このような声が世界中に拡散していく中で、核に関心がなかった人々が真剣に核の被害について考える機会になればと願っている。しかし残念ながら、インターネットで調べてみたが、この平和祈念マッチはあまり世界には届いていないようだった。ぜひ、英文で発信して欲しいものだ。

2018年4月19日木曜日

ユートピア・イデオロギーの弱体化―平和のためにはありがたいのだが


 この4月から、大阪南部の和泉市のいずみ市民大学で計8回の講師をさせていただき、すでに2回を終えた。タイトルは「心理学からみた現代」で、現代は人々のモラルが低下し、悪い時代になっているように思われるが、実は違うのだというということが主旨である。受講されている方々は、大半が私よりも年長と思われるが、非常に熱心で、こちらがタジタジとなる質問やコメントをいただくこともある。

 2回目は、世界全体で戦争やジェノサイドは見事に減少しているという話で、その主たる要因は、国同士の経済的相互依存が大きくなったこと(それによって、隣国との戦争にたとえ勝ったとしても、経済的には失うものの方が大きい)と、人権意識の高まりであるということを説明した。それらに加えて、指摘した要因の一つに、ユートピア・イデオロギーの弱体化がある。ユートピア・イデオロギーの弱体化が戦争の抑制になっているということはわかりにくいかもしれないが、ユートピア・イデオロギーとは、「〇〇したら、世界は~のようなユートピアになる」という共同幻想である。

 一般には、このイデオロギーは、よき社会を作りあげて行く推進力になっている。世界史的に、民主主義へのマイルストーンとして評価されている、フランス革命、アメリカの独立、あるいは明治維新において人々が共有したのは、平等な国を作りたい、宗主国に支配されない民主的な国を作りたい、西欧列強に負けない豊かで強い国を作りたいというイデオロギーである。このイデオロギーは、革命や独立などの推進力となったのだが、そのためには闘争や戦争も辞さなかった。

 しかし時には人々を酔わせてとんでもない方向に導くのもこのユートピア・イデオロギーである。第二次世界大戦時の日本の「大東亜共栄圏」や、ドイツの「ゲルマン民族の純潔が守られた国」というイデオロギーは国民を甘い酩酊に誘い込み、とんでもない結果をもたらしている。また、現代では、イスラム国がユートピア・イデオロギーに人々を巻き込んでいる。

 一般に、ユートピア・イデオロギーは独裁者によって作られやすい。その理由は、国民を満足させることができない状態で権力を守るためには、国民にユートピアという夢を抱かせて酔わせるのが、独裁者にとって手っ取り早い戦略だからである。現代の数少ない独裁者の一人である金正恩は、国民にどのようなユートピアを抱かせているのだろうか。このイデオロギーが破綻した時が、自暴自棄の暴走なのか、独裁政権からの解放なのかわからないが、後者であることを切に願う次第である。

 一方で、ユートピア・イデオロギーは国民に夢を与えてくれる。しかし、民主的で人々に情報が行きわたると、そういう都合がよいユートピアはだんだんと信じられなくなる。それが、戦争の抑止になるということはたいへんありがたいことなのだが、それとともに将来に向けての希望が小さくなってしまうようにも思える。民主的な豊かな国家であるはずの日本人が、現代に閉塞感を感じ、幸福感が小さいというのも奇妙な現実も、ユートピア・イデオロギーを持つことができないということが原因の一つなのかもしれない。

2018年4月9日月曜日

大学文科系学部の価値―異文化共生


 3月の末にフランスから帰国したが、いまだに時差ぼけが治まっておらず、午後から夕方くらいに強烈な眠気に襲われることがまだある。しかし新学期は始まっており、なんとか新年度に適応しなければならない。

 ここ10年くらい、日本の大学、とくに国公立大学において、人文科学や社会科学、いわゆる文科系学部が何の役に立つのかという議論が行われるようになった。そして日本では、文理融合的学部への編成が奨励されている。この文科系不要論はフランスの大学人にも脅威なようで、各大学においていろいろと議論がされているようだった。芸術等に価値をおくフランスではそういうことはないと思っていたので、かなり意外だった。

 実は、3月に訪問したトゥール大学とわが大阪市立大学大学院文学研究科は、教育研究協定を結ぶのだが (3月の私の渡仏の目的の一つである)、トゥール大学側は、私が考えていた以上に協定後の交流に積極的であった。その大きな理由の一つが、異文化理解が研究としても教育としても奨励されていることである。さらに、トゥール大学として、この異文化理解を文科系学部の価値の一つとして推し進めようとしているようだった。

 確かに異文化理解は、フランスの緊急のニーズの一つである。アルジェリアやチュニジア、マリ、コートジボワールなどの旧アフリカ植民地諸国からの人々、中東の人々、難民などを受け入れ、どのようにして文化摩擦を緩和して異文化共生を達成できるのかという問題が大きくのしかかっているのだ。これを一歩誤ると、移民排斥が起きたり、極右が台頭したり、あるいは旧植民地諸国との関係が悪化したりしてしまう。こういう状況で、それぞれの文化における価値とは何なのか、またその価値を土台としてどのようなモラルや習慣が形成されるのかという問いかけができるのは、やはり文科系学部だというわけである。

 日本における異文化理解問題にはフランスほど切羽詰まったものはないかもしれないが、重要であるにもかかわらずマイノリティの問題として軽視されているようにも思える。以前にこのブログで、文科系、さらにいえば私が所属している文学部の価値として、市民リテラシーとしての卒業論文の意義を主張した。しかしそれ以上に、この現代のさまざまな変動の中で、人間の価値とは何か、あるいは人間の幸福とは何かといった問題に真剣に問いかけができるのはやはり文学部ではないだろうか。もちろん文学部以外の学部で、そういうことが考えられていないというわけではないが、さまざまなアプローチを統合して、学際的に人間とは何かという問題を考えられるという強みが文学部にはあると思う。そして、そのような土台が、日本における異文化共生の問題への扉になるのではないだろうかと期待できるのである。

2018年4月1日日曜日

フランスで知られた日本人作家と日本で知られていないフランスのマンガ


 フランスから日本へは、329日に帰着した。共同研究先のトゥール大学においても私の研究の発表時間をいただいたが、パリのInstitut Catholique de Paris30分で発表したものを、1時間半ほどに引き延ばして発表した。その中で、川端康成の『雪国』の、主語がない文として翻訳者を悩ませた悪名高き一節である、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」についてちょっと触れた。ところが、川端康成はほとんどフランスで知られていないようであった。では、日本人作家で誰を知っているかというと、真っ先に名前が浮かぶのが三島由紀夫であり、意外な(といえば失礼かもしれないが)名前だったのが安倍公房である。

 安倍公房は、アベといったときに安倍首相より先に連想されるようで、その中で『砂の女』がよく知られているようである。この小説は、勅使河原監督によって映画化されて、映画と翻訳の両方でフランス人に知られているようだった。『砂の女』は、海辺の砂丘にやって来た男が、女が一人住む砂穴の家に閉じ込められ、様々な手段で脱出を試みたが、最後には砂の生活に順応し、脱出の機会が訪れても逃げなくなったという人間の心理描写が特徴である。この状況設定と、人間が不条理「と思われるもの」を受け入れる展開は、カミュやサルトルで記述される実存を思い起こさせるようだ。レゾンデートルは、フランス人の精神の中で大きな位置を占めているということを再確認させてくれる。

 一方、フランス人にとって日本はマンガ大国という印象があるようで、葛飾北斎も知られているし、宮崎駿の作品が好きなフランス人も多い。それで、フランス発のマンガで子どもたちにも非常に人気がある『アステリクス』は、マンガ大国の日本なら当然知られていると思っていたようだった。しかし私は知らなかったし、調べてみると『アステリクスの冒険』として1974年に日本でも出版されているようだが、やはり日本人にはほとんど知られていないと思う。絵を貼ろうかと思ったが、著作権の問題がありそうなので、どんなキャラクターかがわかる下記のサイトを張り付けた。


この小さなほうが、アステリクスで、大きなほうが相棒のオベリクスである。アステリクスは身体は小さいが賢く機敏で、オベリクスは心根が優しい怪力の持ち主である。舞台は、古代ローマ時代のガリアで、今のブルターニュあたりのケルトの村である。彼らの共通の敵は、ジュリアス・シーザーで、マンガの中にも嫌な男として登場している。そして、彼らは、協力し合ってローマ兵から村を守るというストーリーになっている。フランスやドイツ、スペインで人気があるが、シーザーが敵役のためにイタリアでは人気がないらしい。

 シーザーと戦ったケルトの英雄であるウェルキンゲトリクスがこのマンガのモデルらしい。しかし、私の中のウェルキンゲトリクスのイメージは、佐藤賢一による『カエサル(シーザー)を撃て』からのコピーなので、かなり食い違う。『カエサルを撃て』で描かれたウェルキンゲトリクスは、天才的(ここはアステリスクと同じなのかもしれない)な戦略家と、どうしようもない下品な女好きというその両方を備えている。まあ、当時野蛮とされたガリアの英雄ならこんなものなのかもしれない。