2018年10月18日木曜日

「西郷どん」―吉二郎のグローリー・シーキングの悲劇


 今年のNHK大河ドラマである「西郷どん」について、本ブログではこれまで「翔ぶが如く」と比較しての批判的なコメントを述べているが、家族の視点からの描き方は見事である。この点については、「翔ぶが如く」を超えていると思う。それが顕著に見られたのが、1014日放映の、渡部豪太演ずる吉二郎の戦死である。

 この時期の薩摩藩下級武士の西郷家は、長男の吉之助が異例の出世と名声を得た一方で、家を守っている次男の吉二郎が生活苦の中で百姓をしているという非常のバランスの悪い状態になっている。この点を吉之助に抗議した長妹の琴のセリフも良かったが、自分も戦争に行きたくてたまらなくなった吉二郎の精神状態を、渡部豪太が、たいへん見事に表現していたと思う。吉之助とともに三男の慎吾や末弟の小兵衛が戊辰戦争にすでに従軍しており、生死の境をさまよった慎吾は、「やめておけ」と忠告する。

 しかし、これは吉二郎にとってはとても酷な状況だろう。この忠告に従わず、結局は北越戦争で戦死した吉二郎にとって、従軍は愚かな選択だったということは簡単かもしれない。しかし、ドラマは、あるいは吉二郎を演じた渡部豪太は、それ以上のメッセージを私たちに与えてくれたと思う。彼にとって、単調で華やかさに欠ける百姓仕事はたいくつで仕方がなかっただろう。また、当時の薩摩では、勇敢であることが最も尊いとされた価値観が共有されている。そうした中で、兄弟の中で一人だけ家で百姓仕事というのは耐えられなかっただろう。

 人類学者のDavid Anthonyは、男性の地位や役割が主に戦争で手柄をたてたかどうかできまるような社会では、若い男性は手柄をたてる機会を求めて紛争を好む傾向があると述べている。これはグローリー・シーキングと呼ばれ、幕末の薩摩だけではなく、人類に普遍的に見られる傾向である。現代でも、イスラム国の戦士になろうとする若者に共通に見られるのは、この傾向である。彼らは、希望が持てない退屈さの中から戦士になっていくわけである。

 1014日のドラマは、グローリー・シーキングに踊らされた吉二郎の悲劇を、グローリー・シーキングが従軍という形で若い男性の中に生まれてしまう時代背景への批判としても描いていたと思う。幕末あるいは新政府ができたこの時代は、古い体制を改革するのにこの傾向はどうにも避けられなかったことなのだろうか。永遠の宿題になりそうだ。

2018年10月14日日曜日

中国の脅威と人権問題―なぜ日本のメディアは問題視しない?


 なぜ韓国の左派系の新聞にしても、日本のメディアにしても、中国の脅威についてはトーンが低いのだろうか。日本で中国の脅威を述べたりすると、感情的な嫌中や嫌韓と同一視されるというリスクもあるが、日本の場合、日中戦争や太平洋戦争の加害国という負い目も大きく、侵略を反省しない歴史修正主義者とみなされることが嫌なのだろう。

 しかし、習近平が国家主席になって以降、中国の脅威はさまざまな形で現れるようになっている。最近の米国の中国に対する圧力は、日本ではまたトランプの横暴が出たのか程度の認識のメディアが多い。しかし、米国のペンス副大統領の104日の講演では、経済だけではなく、安全保障分野でも、中国に「断固として立ち向かう」いう主張が行われている。現代の戦争はITが勝敗のカギを握るが、その分野の遅れを自認している中国政府は、米国をはじめとする世界の知的財産をあらゆる手段を使って入手するよう指示しているようだ。

 南シナ海での東南アジア諸国への軍事的圧力も無視できないが、より重大な問題は人権抑圧だろう。1989年の天安門事件は知られているかもしれないが、新疆ウイグル、内モンゴル、チベットにおける人権抑圧については、まだまだ一般には知られていない。先日、新疆ウイグル自治区において、イスラム教徒への再教育キャンプについての報道があった。過激派の取り締まりが目的とされてはいるが、実質は、人権運動家・独立運動家の収容所送りである。また、内モンゴルの問題については、楊海英による『墓標なき草原:内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』に詳しい。さらに、香港の雨傘運動(民主化運動)に対する弾圧も、その圧力を増しつつある。

 また、インターポールの総裁である孟宏偉が、インターポール本部があるフランスのリヨンからの帰国後、中国当局に身柄を拘束されているようである。理由はまだ私たちにはわからないが、リヨンというと私の記憶の中に引っかかるものがある。以前、日仏共同研究のプログラムの共同研究の相手がリヨンの研究所だったという理由から、リヨンには数回滞在している。その時に、リヨンでは中国政府への反政府組織が活発という印象を受けた。今はどうなっているのかわからないが、当時、街のところどころに中国政府によるチベット弾圧への批判のチラシが貼られていた。あるとき、私がそのチラシを眺めていると、近くにいた東洋人がこちらを見ていて、私が彼のほうに視線を移すと、彼は足早にそこを去っていった。よく考えれば、東洋人である私は中国人と間違えられる可能性は大きい。もしその男が当局側で、私を反政府組織の一員と疑ったらしばらくは尾行がつくのではと心配したが、幸いそれはないようだった。すると、可能性が大きいのは、その男が反政府組織の一員あるいはそれへのシンパであり、東洋人である私を当局側と疑ったことかもしれない。

 リヨンでの一件は今となっては知る由もないが、中国の反政府組織は世界の至る所にあるのかもしれない。孟宏偉の拘束は、おそらく習近平の意に沿わなかったことが理由であって、リヨンの反政府組織とは無関係だろうとは思うが、何やら気になる符合ではある。

2018年10月11日木曜日

同じ憲法改正反対でもーハンギョレとマハティールの格調の違い


 929日付の革新系の韓国紙ハンギョレは、安倍晋三首相の両隣に母方の祖父岸信介元首相、父方の祖父安倍寛氏の写真を並べたコラージュを1面に大きく掲載した。「安倍晋三の選択」と題した特集で、「平和主義者」だった安倍寛氏の路線を歩まず、岸氏の宿願だった憲法改正を実現し「戦争が可能な国家に日本を変えようとしている」と主張したようである。そして、「日本軍国主義の侵略と植民地支配を経験した韓国、中国などはこれを不安な目で見守らなければならない状況だ」とコメントしているようだ。

 一方、親日家として知られるマレーシアのマハティール首相は、28日に、米ニューヨークの国連本部で会見し、日本で憲法改正の動きが出ていることに「戦争に行くことを許すようにするなら後退だ」と述べている。そして、日本の現行憲法を評価し、日本の憲法を参考に自国マレーシアの憲法改正を検討しているという。

 ハンギョレには申し訳ないが、同じ憲法改正反対でも、マハティールの主張と比較すると、どうしてかくも格調が低くなってしまうのだろうか。日本人の中には、「戦争ができる国にしたい」と思っている人はほとんどいない。また、文明進歩という点から見れば、マハティールの「後退」という指摘は正鵠を射ている。したがって、ハンギョレの記事と比較すると、マハティールの主張には私たちも大きく同意することができるのだ。

 しかし現実には軍備の放棄は極めて困難である。1945年以降周囲を巻き込んだ大国同士の戦争が終わり、また、2000年以降戦争やジェノサイドは起きていない。この平和を確立する上で、リヴァイアサンとしての米軍の役割は評価できると思う。もちろんすべてが良かったというわけではないが、多国籍軍の中心としてのアメリカが信頼できる理由は、何といってもアメリカが民主主義の国であるからであって、軍隊が暴走しない「制度としての装置」を持っているからである。しかし、世界にはまだまだ軍隊の暴走を止めることができない国がある。もちろん止めることができる国とできない国にきれいに二部できるわけではなくて程度問題なのだが、その可能性が高い国にはリヴァイアサンの役割を担わせることはできないし、むしろリヴァイアサンによる掣肘が常に必要である。

 日本がアメリカの力を借りたり、軍備を放棄できなかったりする大きな理由の一つに中国の存在がある。その理由は、中国が健全な民主主義国家ではなく、軍隊が暴走したら止めることができるのかを常に疑われているからである。ハンギョレの記者はこの点が理解できているのだろうか。できていないのだとすれば、普段どんな論文を読み、諸外国のどんな記事を読んでいるのか非常に気になる。あるいは理解しておきながら、中国にすり寄らないと自国の経済的不利益を被る可能性があるのでこのような記事を書かないといけないのだろうか。よくわからないが、日本を叩いておけばとりあえず職は失わない、というのが正解だろう。

2018年9月30日日曜日

ジェンダー平等による多様性から学術の発展へー人文社会科学系学協会男女共同参画推進連絡会に参加しての雑感


 仙台での学会を終えて、928日に東京で開催された、人文社会科学系学協会男女共同参画推進連絡会(GEAHSS)の総会に出席してきた。この会は、日本学術会議との連携で準備されて来たようだが、各学会・協会における女性の比率を上げていくことを目標として活動している。私は、女性も、自分が価値を感ずるやりたいことを、男性と同じくらいもっと自由にできるようにという主旨には賛成だが、総会において、委員長の井野瀬先生より、私が今まで気がついていなかった学術的発展のための興味深い提言があった。それは、ジェンダー平等によって学術領域によって多様性が生じ、それによって学術的発展が期待できないかというものである。

 文学の世界ではこれは明白だろう。たとえば、源氏物語をどう解釈するかという問題には、男性と女性の両方からの視点があれば、より学術的発展が期待できる。しかし、この男女の共同参画の効果は、もう少し広い枠組みで捉えるとすれば、異文化の出会いによるものと考えることができるかもしれない。歴史的にも、異文化交流から異種のものを取り入れることによって発展した例は枚挙にいとまがない。フランスの印象派に北斎などの浮世絵が影響を与えたことなどが代表的なものだろう。

 それでは、研究者の男女共同参画はどういう意味で異文化交流といえるのだろうか。日本の研究者は、男女を問わず、少なくとも小中学校の頃より勉強に対してほぼ同じような価値観を受け付けられているようにも思える。しかし、それでも、結婚に対して、あるいは子どもをもつかどうか、子育てを誰がどのように行うのかなどの文化の違いを経験している可能性は高い。生得的かどうかはわからないが、興味の方向性にもジェンダー差があるだろう。また、私たちの世代の女性研究者には、大学院への進学を反対された方も少なくはない。そうすると、やはり男女共同参画は異文化的状況と言えるかもしれない。

 心理学の実験で、共同で何かを行うような課題において、文化的に異質な人が加わると課題成績が良くなるということは、ある程度は実証されている。では男女の共同の場合はどうだろうか。おそらく成績向上が観察されるのかもしれないが、この向上は、女性が加わることによる、男性の女性に対するディスプレイの影響の可能性もある。したがって、純然たる異文化多様性の効果を見たいときは、ディスプレイの効果は割り引かなければならないかもしれない。男というのは、女性がいるとそこで良い恰好をしたがるどうしようもない生き物なのである。

2018年9月28日金曜日

「正解がない」とは? ―日本心理学会のあるシンポジウムでの雑感


 925日より、仙台で開催されている日本心理学会に参加していた。今回は私自身の発表はないので、全くの物見遊山なのだが、刺激的な発表がたくさんあった。その中の、ある公募シンポジウムにおいて、引っかかったのが「正解がない」という文言である。

 この文言は、実際の教育においてかなり安易に用いられることがある。たとえば、大学教員の中には、新入生に「高等学校までは正解を目指す教育がなされたかもしれませんが、大学では正解がない問題に取り組まないといけません」というメッセージを発する人がいる。受け手の新入生は、大学とはそんなところかなと何となく理解するかもしれないが、かなりの高確率で、正解がないのならば大学というところはあまり勉強しなくてよいという曲解を与える可能性もある。

 この「正解がない」は、さまざまに解釈可能だが、二種類に大別することができ、一つは、「正解が存在するが、現実にはそれを知ることは困難であるもの」で、もう一つは「本当に正解が存在しないもの」である。前者は、いわゆる計算困難性(computational intractability)の問題で、正解にたどり着くまでにものすごい数の可能性を検討しなければならないようなとき、それを知るのはほぼ不可能になる。たとえば、「囲碁で誰にでも勝つ方法」はおそらく存在するかもしれないが、囲碁の可能な局面数は10360と言われていて、人間はもちろん現在のコンピュータでは対処できない。「自分より弱い相手なら勝てる」というように可能性をかなり限定することによって局所解が得られることがあるが、これは限定の仕方によって異なってくる。そうすると、あたかも複数の正解があるように見え、「本当の正解がない」かのように見えてしまう。おそらく大学の教員が頭に想定している「正解がない」はこちらに分類されると思うのだが、正確には「正解がわからない」というべきだろう。「あまり勉強しなくてよい」どころか、これを知るためには、おそろしい努力を重ねなければならない。

 もう一つの場合は、正解を定める規範間に対立がある場合である。たとえば、所得を、個々人の成果に比例させるべきなのか、完全に均等にするべきなのかという問題は、厳密には永遠に正解が求められないものである。この「成果」をどのように測定するかという問題も、計算困難性を伴うが、仮に100パーセント正しい測定法があったとしても、完全比例と完全均等の間のどのあたりをとるかは、永遠に決定することができないだろう。分かっているのは、完全比例にすると生きていけない人が出てくるだろうし、完全均等にすると有能な人たちのモチベーションが削がれ、怠惰な人は益々怠惰になるだろうということである。とくに前者の場合、ハンディキャップのある人に対して苛烈になる。「生産性」という物議を醸しだした基準は取り扱いが難しい。この規範対立の問題も、ひょっとしたら何が最適規範かという問題を解決すれば、正解がわかるのかもしれない。しかし、規範についての問題は、あくまで形而上学的な議論であって、実証は不可能である。

2018年9月21日金曜日

西南戦争にみる太平洋戦争の原型


 HNK大河ドラマの「西郷どん」を見ていて、大学院生の頃に読んだ司馬遼太郎の「翔ぶが如く」がどうしても読み返したくなった。「翔ぶが如く」では明治維新以降の歴史が物語られているので、幕末は回想として登場するくらい(ここが、HNK大河ドラマの「翔ぶが如く」と異なる点である)なのだが、西南戦争に至る筋道が、歴史的資料等に基づいて実に丹念に描かれている。読み返してみて、今更ながら気がついたのだが、司馬は、西南戦争と太平洋戦争の類似をかなり指摘しているように思える。

 司馬は、昭和モノは歴史小説に描いていないが、幕末モノから「坂の上の雲」に至る中で、どこから昭和期の政治が生まれ、日中戦争から太平洋戦争に突っ走ってしまったのかという疑問が常に背景にある。その中で彼が見出したキーワードが、「統帥権」である。司馬は統帥権が、立法、司法、行政の三権の上に立つ超越的な権力であったということに着目し、軍事が暴走できるような制度的しくみであったと考えている。そして、統帥権を巧みに利用した昭和期の軍部の参謀本部の暴走を、誰も止めることができなかった。

 しかし、西南戦争は統帥権とは無関係である。西南戦争時の薩摩側の強烈な怨念は、大久保が中心となった政府に向けられている。もちろん大久保の政策にも問題はあったかもしれない。しかし、薩摩軍に参加した不平士族の多くにしろ、さらにそれを煽った海老原穆を中心とする評論新聞にしろ、では大久保の政府のどこが問題なのかという点はあいまいなまま、「嫌い」という感情で動いている。この関係は、第一次世界大戦後の日本の政府を、弱腰という点で批判した新聞・在野と軍部の関係に似ている。

 また、戊辰戦争では、西郷たちは敵である幕府側に対して綿密な分析を行っている。しかし、西南戦争時には新政府の軍隊に対してはほとんど行っていない。百姓兵の集まりである新政府の軍隊は薩摩武士に勝てるはずがないという夜郎自大的な思い込みがあったようだ。戊辰戦争と西南戦争の関係は、ちょうど日露戦争と太平洋戦争の関係に相当する。日露戦争では、日本は、強大なロシア側に対する情報収集を徹底的に行い、戦争をどのように終わらすかという見通しをもって開戦した。しかし、それまでの成功体験から、太平洋戦争では、戦う相手の分析もせず、全く見通しを持てないままに開戦して破滅を迎えるに至った。

 司馬は、太平洋戦争や西南戦争の原型を日本人の性質のどこかに見出したかったようだ。しかし、私自身は、日本人のというよりは、人類に普遍的に見られる集団現象だろうと思う。仮想的への反感という感情的な渦が集団で共有されることによって増幅され、理性的な判断が、「勇気がない」とか「卑怯」という用語で道徳的に貶められて暴走に至るのではないだろうか。

2018年9月14日金曜日

健康的存在―「学際的」の意味と意義


 すでに3か月経つが、私の前任校の先生方との共著である『健康的存在(Healthy Being)』がナカニシヤから出版された。この本は、もう10年以上前になるが、前任校に1年だけ客員准教授として滞在された筆頭編者のライ先生の発案によるもので、さまざまな領域の教員が「健康的存在」としての人間を語るものとして企画された。私も、編者の一人であると同時に、中の一章を担当している。本書は、多領域にまたがった、非常に学際的なものである。学際性の重要性は、よく叫ばれるのだが、では学際性とはどういうことなのか、これまであまり真剣に議論されていないように思う。

 本書では、最終章で、相補的な学際性と普遍性を求める学際性という分類を行っている。相補的学際性とは、何らかの問題を、それぞれが得意とするスキルを持ち寄って解決するというアプローチである。この端的な例が考古学における放射性炭素法であろう。この技術は、出土物の年代を推定するために用いられている。しかし、測定法自体は考古学とは何の関係もなく、放射性炭素法がなぜある程度妥当な方法であるのかを保証するメカニズムは、歴史学の事実解明や法則研究とはほとんど関係がない。放射性炭素法はすでに推定された歴史的事実からこの妥当性や信頼性が追及され、考古学はこの手法によって発展し続けている。

 本書は、さまざまな領域の研究者たちがそれぞれの領域で、「健康」という概念を多角的に理解するために、執筆されたものである。哲学的な論考、人間に使用されるという事実に重点を置いた言語学、自尊心の心理学、環境科学や細胞レベルの生命科学からのアプローチが試みられている。その意味で、始まりは相補的である。それぞれの分野が得意とする切り口で「健康」を語っているからである。

 しかし、このような試みにおいて、同時により普遍的な意味で健康が理解され、さらには「人間の幸福とは何か」という遠大な問題にも言及ができたのではないかと思う。言い換えれば、人間が人為的に環境をつくり、かつその環境に適応するということはどういうことなのかということが議論の背景にあるからである。

 そもそも、学問の領域というのはどのように決められるのかという基準もない中で、学際性といっても余計混乱するだけかもしれない。学問領域というと、扱う対象によって決定されているように思われるが、むしろその対象あるいは現象を、どのレベルで説明するかで決定される。概して説明は、その現象よりも一段階還元したレベルが好まれ、たとえば、生物学は、生物的な現象を、生物の身体内の化学原理で説明というのが一般的なスタイルだろう。化学反応などの現象は、物理学の量子力学による説明が一般的である。この還元という説明スタイルは非常に魅力があるが、ではどこまで還元すればよいのかという点において明確な基準があるわけではない。還元しすぎると、元の対象・現象が見えなくなってしまう。普遍性を求める学際性は、このような、還元による説明とは何なのかをそれぞれの領域で行き来しながら議論する中で生まれてくるのではないかと思う。