2024年3月19日火曜日

Are humans moral creatures? A dual-process approach for natural experiments of history

  2023年の9月にパリで行われた2nd International Conference on Human and Artificial Rationalityでの発表の多くが、Human and Artificial RationalityというタイトルでSpringerから書籍として出版された。私は編集に関わると同時に、私自身の発表も Are humans moral creatures? A dual-process approach for natural experiments of historyというタイトルで1つの章として含まれている。この内容は2023107日の記事でも述べているが、再度紹介したい。

 この小論の内容は、2019年に出版された、“Adapting human thinking and moral reasoning in contemporary societyの中の自分自身が書いた部分を発展させたものである。この小論では、「人間は道徳的な生物か?」という問いについて、道徳性が高まったのではないかとされる2つの時期を歴史の自然実験とし、それを「内省が直感を制御する」という枠組みで分析して、その答えを探るという試みがなされている。道徳性とは何なのかという定義的な問題は避けて、人間の暴力性(殺人や戦争など)が著しく減少した17世紀後半から18世紀にかけてのヨーロッパの啓蒙の時代と、暴力性の減少だけではなく人権意識も高まった第二次世界大戦後を歴史実験の材料として扱っている。

 直感的システムによる人間の直感的で衝動的な反応は、新皮質に支えられた内省的システムによって抑制することが可能で、二重過程理論という用語が用いられていなくても、道徳性はこの枠組みで捉えられる。内省的システムは、ハード面では脳の構造の制約を受けるかもしれないが、ソフト面 (新皮質をどう使用するか) では教育の影響を受ける。とくに第二次世界大戦後の世界的な人権意識の高揚は、高等教育の普及 (大学進学率の上昇) やメディアによるさまざまな情報の伝達の影響が大きいと思われる。

 そのような情報の中で、とくに大きな影響を与えたのは、ストーリーあるいはナラティヴによるものだろう。ヨーロッパの啓蒙の時代は、小説が人々に普及し始めた時期で、また第二次世界大戦後は小説などがいわゆる読書階級を超えて多くの人々に読まれるようになってきている。一般に、ストーリーの登場人物の心情理解 (認知的共感) とそれを感情 (情動的共感) に結びつける機能は直感的システムが担っている。この直感的システムがもつ感情の力は、人々の行動に直結しやすい。そこで私が提唱したモデルは、ストーリーが直感的システムに理解されて認知的共感と情動的共感を生み、それが道徳性への感情に結びつくというプロセスで、それを内省的システムが監視したり修正したりするというものである。このモデルで、人種差別、性差別、LGBT差別に反対という流れを説明できる。

 もちろん、内省的システムが、このプロセスをうまく監視・制御できなければ、情動的共感が暴走することもある。たとえば、コロナワクチンの被害者に共感が働いて、「かわいそう」という感情がワクチン反対運動を引き起こしたりすれば、ワクチンを打たないことによって新型コロナウイルスに感染して引き起こされる被害を見落とすことになる。共感には、それを生み出す直感的システムの性質を受け継いで、「狭い」という問題がある。私たち人間は、このような共感同士の葛藤や対立を経て、概して人権感覚を高めようとしているが、これは内省的システムのおかげであり、なおかつ内省的システムは今後の教育のさらなる進展によって機能を向上させるポテンシャルをもっている。以上をもって、私は、「人間は道徳的な生物か?」という問いかけに、自信をもって「その通り」と回答することができる。

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2024年2月22日木曜日

オズの魔法使い―ハリー・キューウェルの魔法はJリーグで花開くだろうか

  20037月、国際学会でちょうど私がシドニーに滞在しているときだった。朝、新聞を読んでいて、ハリー・キューウェルがリーズからリバプールに移籍という記事を見つけた。それで私は、学会に参加していた何人かのオーストラリア人に移籍の件を話したが、なんと誰もキューウェルの名前を知らなかった。逆に、なぜ日本人のあなたがキューウェルという人名を知っているのかと質問された。キューウェルはワールドクラスのサッカー選手だったが、当時オーストラリア人が誰も知らないという事実に非常に驚いた記憶がある。

 私がキューウェルの名前を知ったのは、2002年に英国に1カ月滞在したときである。当時はリーズに所属し、プレミアリーグでも有数のテクニシャンで、オズの魔法使いというニックネームがあった。ホワイツという愛称があるリーズの白はマンチェスターユナイテッドの赤と対比されて、両者の試合は、白バラのヨークシャ家と赤バラのランカスター家の15世紀に起きたバラ戦争に喩えられていた。このリーズで、キューウェルは花形プレーヤーだったわけである。リーズはその後、財政的な問題でチャンピオンシップ(2)からL1(3)に落ち、4年前に一度プレミアリーグに返り咲いたものの、現在はチャンピオンシップにいる。キューウェルは、2003年にリバプールに移籍したというわけだ。

 このキューウェルが、今シーズンから横浜マリノスの監督になった。しかし、輝かしいプレーヤー歴と比較して、指導者としてのキャリアはどうみても不安である。イングランドのサッカーは、プレミア、チャンピオン、L1L24部まであるが、それ以下の数チームの監督歴しかなく、またそこでも決して好成績を残していない。いくらセルティックで現在の横浜マリノスのハイライン・ハイプレスのサッカーを確立したポステコグルーのもとでコーチをしていたとしても、それだけでマリノスのスタイルを発展的に継承できるだろうか。ハイライン・ハイプレスのサッカーは、誰にでもできるものではなく、ポステコグルーも、就任の2018年は決して好成績だったわけではない。当時は私も、面白いが危なっかしいサッカーをしているという印象をもった。今シーズンのマリノスは、最初は前任者たちの貯金で勝てるかもしれないが、不調に陥ったとき、プレーヤーの意思統一がチグハグになったときなど、それを立て直せずにずるずると成績低下していく可能性が高いのではないだろうか。

 明日からJリーグの2024年シーズンが始まる。私が応援するのはもちろん京都サンガである。ハイプレスの京都スタイルサッカーの浸透と的確な補強で、今シーズンこそ残留争いから早めに抜け出せるのではないかと期待している。シーズン前予想を見ると、どこにおいても横浜マリノスはヴィッセル神戸と優勝争いをすると書かれているが、私は非常に懐疑的である。

2024年2月18日日曜日

5th International Symposium on Academic Writing and Critical Thinking参戦記

  216日に、5th International Symposium on Academic Writing and Critical Thinkingが名古屋大学で行われ、参加してきた。これは、名古屋大学のアカデミックライティングセンターが主催しているもので、今回はコロナ後の久々の対面開催だった。アカデミックライティングは、まだまだ多くの大学では、論文を書くときのコツあるいは英語のネイティヴチェック程度にしか認識されていないが、名古屋大学をはじめ、独立したセンターを開設して専任の教員を置くところが増えつつある。センターのスタッフは、クライエント (院生など) の研究企画段階から加わることもあり、そうすると指導教員とのコンフリクトが起きることがあるらしいが、クライエントは、どうすれば「新しい発見」が重要なのかの伝え方を専門を超えて学ぶことができる。そういうわけで、アカデミックライティングは、クリティカルシンキングとは切っても切れない関係を保っているわけである。クリティカルシンキングは、思考心理学の重要テーマの1つである。

 今回のシンポジウムのテーマは、ChatGPTに代表されるAIとアカデミックライティングの関係である。キーノートでは、生成AIのツールとしてのラージ言語モデルのメカニズムとその働きについての解説だったが、AIの中身に詳しくない多くの参加者には、かなり理解するのが難解だったのではないだろうか。一方、個人発表で多かったのは、ChatGPTなどがアカデミックライティングにどのように役立つかというものである。ChatGPTに、アカデミックライティングのサポートして、何ができて何ができないかということが多くの発表において議論された。その対比から、AI側とその活用側とでちょっとギャップがあったようにも感じたが、両方を理解できる専門家は決して多いわけではないので、仕方がないことかもしれない。活用側のいくつかの発表において、AIあるいはChatGPTサポートで論文を書くことの倫理的問題に触れられていたが、この点は、残念ながら議論は弱かったように思う。この問題については、これだけの短い時間で、研究倫理の専門家がいない中で、論じきるには無理があるだろう。

 私は、クリティカルシンキングの立場から、これまでこのシンポジウムに招待していただいたことはあるが、自分の個人発表は今回が初めてだったので、ちょっと気合を入れていた。しかし、AIChatGPTと関係するものではなく、Academic writing as communication in a low-context culture: Are Japanese in a high-context culture not good academic writers?というタイトルでの、高コンテクスト文化・低コンテクスト文化という視点をアカデミックライティングに導入したものである。日本は、暗黙の前提などのコンテクスト依存が高い高コンテクスト文化なのだが、そうすると低コンテクスト文化コミュニケーションスタイルが好まれるアカデミックライティングでは、どのような困難と対処方法があるのかという問題を議論した。実は、高コンテクスト文化の日本人を含めたアジア人も、誰が聞き手かによってコンテクストの高低を調整するというコードスイッチングを行っていることが私たちの研究から示されており、このスイッチングスキルを伸ばしていこうということが結論である。

 私自身は、アカデミックライティングに直接携わっているわけではないが、4年生や院生の論文指導において、アカデミックライティングで学んだことが活かされているのではないかと思う。クリティカルシンキングやコミュニケーションスタイルの研究者としてだけではなく、この実践からのフィードバックでこの領域に貢献できればと願っている。

 

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2024年1月21日日曜日

ポピュリズムについて (2)ー左派ポピュリストの典型例とその危険性

  前回の記事では、今どき珍しい右派ポピュリストを例示してみた。右派ポピュリストは、米国ではトランプの例もあるが、第二次世界大戦後の「人権高揚の時代」の中では基本的には絶滅危惧種なのではないかと思う。日本で力をもつとすれば、今後、海外からの移民をより多く引き受けることによって、自分たちの職がなくなると危機感をもった非熟労働者の支持を得たときだろう。

 ポピュリストを支持するのは、文化普遍的に、中流階級から脱落しつつあったり、あるいはその危機感を感じていたりする人たちである。日本の場合、この不満が政権に向けばポピュリストが勢いを増すが、それは多くの場合は左派的ポピュリストになるのではないかと思う (この右派・左派という区別は、元来が経済政策的なもので、利益を完全に平等に配分するという極と利益はすべて稼いだ個人に与えられるという極のどちらに近いかで右派・左派に分類されるはずなのだが、フクヤマによれば、この区別は一種のアイデンティティになってしまっている。ちょうど、トランプ右派が地球温暖化を信じなかったり、日本の左派が反原発運動と直結していたりするようなものである。ここでは、このアイデンティティとしての右派・左派の意味で使用したい)

 日本における危惧すべき左派ポピュリストは、山本太郎氏が率いるれいわ新選組だろう。これは日本だけではなくいわゆる民主国家に共通する現象だが、左派は、概してリベラルとされて、非中流化による政権不満層だけではなく、中産階級のインテリ層にも人気が高いので、左派ポピュリストはこの勢いで一気に政権を奪うことが可能である。れいわ新選組は、現時点では少数派だが、SNSを駆使し、能登の震災にいち早く現地入りしたり、福島原発について「ベクレている」という扇情的な表現を用いたり、パフォーマンスがやたら目立つ危険な兆候を見せている。

 また、選挙不正等の陰謀論をほのめかしているのも看過できない。陰謀論は近年の民主主義の敵とみなされていて、ドナルド・トランプが有名だが、この党による「監視の目を増やさなければ選挙不正」というほのめかしは、民主的制度に対する挑発だろう。陰謀論と並んでフェイクニュースもポピュリストの常套的な戦法である。ラサール石井氏が能登半島地震についての、二次避難について有償という問題含みのツイートを行ったのは記憶に新しい。本人にはフェイクニュースという意図はなかったかもしれないが、結果的に社会的に有害なフェイクとされた。ところがこれに対して、れいわ新選組のやはた愛氏は、無償であることを伝えてなかった政府が悪いと、逆に政府批判を展開したのである。党員に、全くのデマ・フェイクを拡散した人物を擁護したり、論点をすり替えて政府や首相を非難したりする人物が存在することは、ポピュリスト党としての体質を示している。誤解を助長する発信しておきながら「誤解させた政府が悪い」と開き直るのは異常である。

 前回の記事でも示したが、左派ポピュリストには経済的ポピュリズム的で、実現あるいは持続不可能な経済政策を掲げているものが多い。れいわ新選組も、消費税をゼロにするという公約を掲げているが、私の情報収集不足もあるとは思うが、その不足財源についての明確な声は聞こえてこない。これまでの左派系の主張に習えば、「行政の無駄をなくす」とか「大企業に増税」、「防衛費を削減」等があると思う。それで消費税分の減収をまかなえるだろうか。また、大企業への増税は、大企業の海外資本との競争力を低下させるというリスクがあるが、どの程度低下させるのかというシミュレーションを行っているのだろうか。このような点を考えれば、もし万が一政権与党となったときに、日本に経済的破綻が訪れるの確率は極めて高くなる。さらに想像力を逞しくすれば、その後は、中国による経済的植民地化や右派によるクーデターなどの悪夢のようなシナリオとして思い浮かぶ。

 

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ポピュリズムについて (1)ーフクヤマによる分類と典型的右派ポピュリスト

2024年1月12日金曜日

ポピュリズムについて (1)ーフクヤマによる分類と典型的右派ポピュリスト

  すでに言い古された感があるポピュリズム・ポピュリストという用語だが、おそらく多くの日本人が思い浮かべるポピュリストには、橋下徹やドナルド・トランプがいるのではないだろうか。しかし、これまで多くの政治学者たちが議論しているにもかかわらず、定義は必ずしも明確ではないようだ。国民の熱狂的な支持を受けた怪しげな政治家が新たに登場したりすると、再定義が必要になってくるからである。私が好んでいる二重過程理論を適用すれば、ポピュリストは熟慮的システムよりも直感的システムに訴えることが巧みである。直感的システムは、行動を喚起する大きなエネルギーを伴うので、何かを変革する必要があるときには重宝されるが、残念ながら熟慮的システムがもつ合理性が欠けている。その意味で、ポピュリストは「怖い」のである。

 かつては、ポピュリズムは右派の専売特許で、ナショナリズムと結びつきやすかった。ヒトラーやムッソリーニが国の方向を誤らせたのは何度も語られた例だろう。しかし、第二次世界大戦以降は、左派のポピュリストも数多く現れている。このような状況を鑑みれば、フランシス・フクヤマの形態分類は役に立つ。この分類によれば、第1は、カリスマ的リーダーシップで、「わたしはみなさんの代表である」というアピールである。本当に代表しているのかどうかよりも、そう思わせるのが巧みなわけだ。第2は、国民を特定の形質でのみ勝手に定義し、それから外れた人たちを排除するゆがんだナショナリズムを標榜するものである。ゲルマンの純潔を訴えたヒトラーやドナルド・トランプなど、右派系のポピュリストが採用しがちな戦略である。第3は、経済的ポピュリズムで、実現あるいは持続不可能な経済政策を掲げるものである。これは、左派系ポピュリストが多く、ベネズエラのチャベスが代表例である。チャベスの政策の結果、あれだけ石油資源が豊富であるにもかかわらず国民は貧しくなり、チャベス自身も権力を維持するために強権的な独裁を選択している。バラマキ政治もこの一種だと思うが、これについては右派も左派も関係ない。

 民主的国家においては、第二次世界大戦以降、とくに人権意識高揚の過去50年の間に、第2のタイプが現れる可能性は少なくなっているのではないかと思ったが、偏狭なナショナリズムやステレオタイプや差別はやはり人間の心に普遍的に巣食っているのか、日本にもとんでもない国会議員が現れた。杉田水脈氏である。LGBTに対する差別的発言 (本人は「区別」と言っているようだが)、女性差別は存在しないとする見解、アイヌ民族に対する差別的発言など、私などは、戦前の亡霊を見ているように感ずることがある。賛同する人は少ないという点でポピュリストとは呼べないのかもしれないが、決して失脚するわけではなく、何やら自由民主党の重鎮、あるいはネトウヨと呼ばれる人たちからは支援を受けているようなので、上記の第2のタイプのポピュリストなのかなと思う。杉田氏の支持者が今後増えるとは思えないが、民主主義が壊される火種の1つではあろう。

2023年12月29日金曜日

アメリカンエクスプレスどころかアメリカンブリッツクリーク(電撃戦)―ホモ・サピエンスのアメリカ大陸での拡散

  だいぶ前になるが、20171119日の記事で、ホモ・サピエンスの出アフリカからオーストラリアへの拡散が、ユーラシア大陸の内部やヨーロッパへの拡散と比較してはるかに迅速で、シーショアエクスプレスと呼ばれているのに対して、それよりもはるかに速かったアメリカ大陸の北から南への拡散がなぜアメリカンエクスプレスと呼ばれていないのかという小論を書いた。

 シーショアエクスプレスは、比較的安全で食糧も豊富な海岸沿いの拡散で、それでも少なくとも1万年以上を要している。しかし、アメリカ大陸の場合は、コロンビア氷床を超えてわずか約千年で南アフリカの南端にたどり着いている。このアメリカ大陸での拡散には呼び名がないと思っていたのは完全に私の知識不足で、エクスプレスどころか、ブリッツクリーク (電撃戦) と古生物学者のポール・マーティンに命名されているようだ。ブリッツクリークとは、ナチスドイツが第二次世界大戦においてポーランド侵攻やフランス侵攻に用いた機械化された戦闘部隊による作戦で、航空部隊による支援との連繋下で戦車などの機甲部隊を進めるという戦術である。侵攻が電撃のように強烈で迅速ということでこの名がついた。アメリカ大陸における拡散は、エクスプレスよりもその比喩が適切というわけだ。

 概して、南北の移動は異なる気候帯を通り抜ける必要があるので東西の移動よりも年月を要するはずである。それにもかかわらず、コロンビア氷床を抜けた地点 (今のカナダ) から南米の端までの南北の移動にわずか千年というのは、あまりにも速い。このブリッツクリークとまで呼ばれる快進撃を支えたのは、当時の最新のテクノロジーや武器を備えたクローヴィス文化の狩猟民だが、さらに南北アメリカ大陸は、人間を怖がらない大型哺乳類の宝庫だったようだ。人間を見たことがないので、人間に対する恐怖心が小さく、狩猟が極めて容易だったのである。この豊富な動物性たんぱく質が人口増を促し、人口が増えれば新たな土地へ移住する。この移住先でも、ライバルとなる他部族もいないのでさらに豊富な獲物が期待できるとなれば、拡散が促進されるのは当然なのだろう。

 また、考古学的資料として、この拡散の時期に、南北アメリカ大陸で多くの大型哺乳類が絶滅している。これらの絶滅が、ホモ・サピエンスの拡散によるものなのかどうかについては、まだ完全に断定できるわけではないようだが、マンモス、マストドン、巨大ナマケモノ、巨大アルマジロ、巨大ビーバー、ラクダなどが次々に絶滅し、バイソンやシカ、アザラシなどの個体数も激減した。そして、食物連鎖の頂点にいたサーベルタイガーもそれに伴って絶滅している。この多くの大型哺乳類の絶滅を伴った拡散の異常な速さが、ブリッツクリークと呼ばれたゆえんである。

 

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2023年12月21日木曜日

京都サンガ2023年シーズンの統括

  京都サンガがJ1に昇格してから、今年は2年目のシーズンであった。昨シーズンはプレーオフで辛うじて残留できたことと比較すれば、今シーズンは最終節前に残留を決め、結果的には13位だったので力がついてきたといえるだろう。

 正直、J11年目である昨シーズンは、J1というよりは、J1.5あるいはJ2レベルの選手が多かった。チーム全体としてもJ1.5であり、強いチームに真っ向から立ち向かうという爽快さはあったものの、力の差は大きく、また、相手選手に、いわゆるチンチンにされることがたびたび見られた。しかし、今シーズンは、川崎颯太、福田心之助、金子大毅などの個々の選手のレベルアップが見られ、全体的にJ1レベルの選手が揃った。とくに金子大毅は、昨シーズンは、スペースのカバーなど、全体を見渡したプレーはできるのだが、足元の技術はおぼつかないという印象だった。しかし今シーズンは、アンカーを任され、ボランチとしてのかじ取りと相手ボールの奪取がレベルアップし、サイドや縦に長短のキラーパスを繰り出せるようになった。最終節の横浜マリノス戦で見せたFWの豊川雄太への一瞬の縦パスは、豊川の見事なゴールに結びついている。また、福田心之助は、開幕戦で見たときは極めて心もとなかったが、非常に攻撃力がある右SBとして成長している。

 また、今シーズン途中加入の原大智とク・ソンユンの存在は、残留という点で大きかった。京都は、昇格の立役者のピーター・ウタカの後釜としてガンバ大阪からパトリックを迎えたが、彼は決定力があるとはいえ、シーズンを通してのプレーが難しかった。しかし、夏に加入の原大智は、デビュー戦こそ存在感が薄かったものの、京都のサッカーに慣れてくるとパフォーマンスが安定してきた。ゴール前でのポストにもなり、器用な足元でDFを剥がしたり、パスを受けてのダイレクトであったりとシュートがうまい。また、昨年の正GKである上福元が移籍し、昇格時に正GKであった生え抜きの若原智哉が伸び悩み、海外からの鳴り物入りGKが全く試合に出場できない中、J1にしろJ2にしろ、出場経験がほとんどなかった太田岳志が奮闘して、降格を免れる功労者の1人になってくれた。しかし、やはり太田では心もとないと思っていたら、札幌からク・ソンユンがレンタルで来てくれた。彼の加入後は、守備が安定し、また、一発のロングフィードが京都の大きなチャンスにもなるなど、終盤の好調を支えてくれた。2024年シーズンのク・ソンユンの完全移籍という情報もあるが、ぜひ実現して欲しい。

 今年が3年目だった曹貴裁監督のサッカーは、豊富な運動量に支えられた、ハイプレスで攻守の切り替えが非常に速いサッカーである。FWさえも前線からのプレスを求められるという、選手にとってはハードな戦術だが、現代サッカーの特徴である、全員攻撃全員守備と縦への速さを追求したサッカーになっている。ここであげた選手はこのサッカーに非常にうまくマッチしていると思う。昨年までは、京都の怖さはボール奪取からのカウンターのみだったが、今シーズン途中から、守備を固めた相手に対してサイドからの崩しが加わった。また、セットプレーからの攻撃も冴えるようになってきた。京都は、現時点でサッカーファンなら誰もが知っているというスター選手がいないが、地味ながら確実に進歩が見られる面白いチームになっている。今から2024年シーズンが楽しみである。

 

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