2022年3月21日月曜日

キックオフシンポジウムーDual Process, Moral Reasoning, and/or Religious Belief

  日本学術振興会国際共同研究加速基金(B)に採択され、 Dual Process, Moral Reasoning, and/or Religious Beliefというタイトルで、2022317日、18日にキックオフシンポジウムを行った。海外拠点はフランスのツール大学で、もし新型コロナが終息していれば、ツール大学に滞在し、そこでシンポジウムを行う予定であった。しかし、それが不可能ということで、昼間に日本語セッション、夕方に英語のセッションを設けて、対面およびウェブのハイブリッドで行った。科研のタイトルは、Religious moral reasoning in the frame of dual process approach: Cultural differences in religious moral reasoning and thinking styleというものなのだが、実は、religious moral reasoningについて、私を含めて科研のメンバーはまだあまり研究実績がない。私たちは、これまで直感的システムと内省的システムを想定する二重過程理論やモラル推論などの関わる研究を行ってきたのだが、未解決の問題を考えていくと、宗教にたどり着いたというわけである。したがって、私たちの研究プロジェクトは、「宗教を」研究するのではなく、「宗教を材料として」二重過程理論の問題を解明していくことが目的となる。

 出発点は、二重過程理論における論争で、内省的システムが直感的システムの現代社会における非適応的な出力、すなわち認知バイスや迷信、過度の自己中心性、暴力的衝動など制御できるのかという問題である。その問題について、宗教は、非常に興味深いテストケースを提供してくれる。つまり、例えば、頭(内省的システム)では迷信とわかっていても、直感的システムは悪霊の呪いは怖いと判断するというわけである。このプロジェクトは、この共存がどのようにして起きているのか、そしてそれには文化差があるのかという問いかけをしている。そしてこの問いは、現代社会における、科学と宗教の両立にも関係してくる。以下がプログラムである。なお、両日の英語セッションと石井辰典先生の基調講演は、後日ビデオ公開の予定である。

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11:00-11:30 山祐嗣 (大阪市立大学) 本プロジェクトの概要

11:30-12:30 山祐嗣 (大阪市立大学) 東洋人の弁証法と二重過程理論

13:30-14:30 前田楓 (日本学術振興会)・橋本博文 (大阪市立大学) タイムプレッシャーが囚人のジレンマゲームにおける集団内協力行動に及ぼす効果

14:30-15:30 橋本博文・前田楓・松村楓 (大阪市立大学) タイムプレッシャーが道徳ジレンマ状況における意思決定に及ぼす効果:文化特定性についての探索的な検討

英語セッション

16:00-16:15 Yama, H. (Osaka City University) Outline of Project

16:15-17:15 Majima, Y. (Hokusei Gakuen University) Dual process of thought behind the epistemically suspect belief.

 

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10:00-11;00 山本佳祐 (大阪市立大学) 援助行動に対する動機推測の心理機制―利己的と解釈する第三者の心理

11;00-12:00 中村紘子 (東京電機大学) 論理的推論における宗教的信念バイアスの検討

13:00-14:00 山愛美 (京都先端科学大学) 宗教的であるとは?―文化的・心理療法的視点から

招待基調講演

14:00-15:30 石井辰典 (早稲田大学) 宗教的信念の適応的機能を探る:宗教の認知・進化科学からの示唆

英語セッション

16:00-17:00 Bentahila, L. (University of Tours) Universality and cultural diversity in moral reasoning and judgment: a case study of France and Morocco through a developmental approach.

17:00-18:00 Salvano-Pardieu, V. (University of Tours) Do role-playing and argumentative debate help preschool pupils better understand social interactions and develop System 2?

2022年3月8日火曜日

運命は変えることができる?(2)―後知恵バイアスなど

 前回の投稿で、私の言説を週刊現代の記事で取り上げていただいたことを書いたが、実は、それに載せることができなかった話題もある。この点について、記者の方からお詫びをいただいたが、それは後知恵バイアスと運命の関係についてである。

 後知恵バイアスとは、何かが起きた時に、実は予想していなかったにもかかわらず、これは予想できていたことだと思ってしまうバイアスである。このバイアスは、予想外の事象が起きても、無意識のうちに心の中にそれを予想できるような因果関係が形成され、「予想できていなかった」過去を想起できなくなってしまうことによって生ずる。この後知恵バイアスによって、実はかなり運命が変化したにもかかわらず、その変化という結果をあたかも予想できていたかのように思ってしまう可能性が生じてくるわけである。そして、自分で運命を変えたことを気づかずに、「これが運命だった」と思い込んでしまうことになる。

 この「運命」という思い込みは直感的で、概して直感的な信念は修正されにくいので、この思い込みも修正されにくい。そうすると、「自分は~のように運命づけられている」と信じ込むと、それが実現する力になる。すでに古典的となっている研究だが、1999年に発表された、マーガレット・シー (Margaret Shih) たちの論文は、興味深い事実を報告している。女性は数学に弱いというのは、真実なのかどうかはまだまだわからないが、多くの人に信じられている。それに加えて米国では、語学のハンディがないためなのか、あるいは民族として得意なのかわからないが、中国人は数学が強く、かつそのようなステレオタイプが共有されている。彼女らの研究から、中国系アメリカ人女性に、女性としてのアイデンティティを強調すると数学の成績が悪くなり、中国人としてのアイデンティティを強調すると良くなるという結果が得られている。つまり、アイデンティティの強調は、「数学が得意という運命」または「不得意という運命」を感じさせることになり、その「運命」を自分でたどることによって、このような結果が得られたのだろう。

 逆説的だが、「これが運命だ」と直感的に感ずることが、元々の運命を変えていくことができる最も大きな力のかもしれない。

文献

Shih, M., Pittinsky, T. L., & Ambady, N. (1999). Stereotype susceptibility: Identity salience and shifts in quantitative performance. Psychological Science, 10(1), 80-83.

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運命は変えることができる?(1)―週刊現代の記事から

法廷での後知恵バイアスについての論文を新聞記事で紹介していただきました (1)

2022年3月7日月曜日

運命は変えることができる?(1)―週刊現代の記事から

 週刊現代の記者の方から、心理学の立場から「運命を変えることができるのは何か」というお題をいただき、そんなに大きな記事ではないが、37日発売号で取り上げられれているようだ。当初は、このお題に非常に戸惑い、そもそも「運命」をどうとらえるのかということから議論が始まった。

 とりあえず、「運命」を、「さまざまな個体・状況要因から予想される最も蓋然性が高い帰結」として、それを変えることができるのは何なのかということで考えてみた。おそらく、このお題が与えられれば、多くの人は自分の運命はどこで大きく変化しただろうと思案し、何が「大分岐」だったかを思い出そうとするのではないだろうか。受験の成功・失敗、影響を与えた人や書物との出会いなど、人によってさまざまだと思う。

 私は、そういった個人的体験を支える重要な精神的要素として、レジリエンス、自己効力感、楽観主義を指摘した。受験の成功などの偶然的要素は、いわば棚から牡丹餅みたいなもので、むしろ重要なのは、その牡丹餅を受け止めることができる能力である。また、人によっては、大きな苦難の後、成長できたと考えているかもしれない。この能力や成長を支えるのが、この3つで、互いに関連しあいながら影響を及ぼしている。

 レジリエンスは、精神的な回復力で、苦難や挫折などの困難を経験しても、そこから立ち直ることを可能にしてくれる。切り替えの速さと解釈できないことはないが、おそらく真のレジリエンスは、悲しみから単に目をそらすのではなく、それを自分の中でかみしめた上でのそこからの成長を意味すると思う。苦難の後に大きく成長できるのは、このレジリエンスが高い人である。

 また、運命を切り開くには自己効力感が大切である。自己効力感とは、目標を達成する能力を自らが持っていると認識することで、成功体験を重ねることができれば、効力感は大きくなると考えられている。いわゆる「やればできる」という感覚である。逆に、失敗体験が多いとこの効力感は小さくなるが、楽観主義的な人はそうならない。なぜならば、彼らは、失敗しても失敗しても、次は成功するという楽観的な信念をもつ度合いが大きいからである。よく言われる例として、保険の外交員は、楽観主義的な人でないと務まらないとされている。なぜならば、保険の勧誘は、そのほとんどが断られるが、それでもめげずに次の家のドアフォンを押さないといけないからである。今度こそ、今度こそ、と思いながら次にチャレンジする精神を支えているのがこの楽観主義である。