前回の記事では、ジョセフ・ヘンリックによる”The WEIRDest people in the world”という著作の前段階の10年以上前に発表された論文の主張を簡単に紹介したが、今回は、『WEIRD―「現代人」の奇妙な心理』という (日本語版) タイトルで出版された著作について言及したい。ヘンリックは、かつての著作で文化による遺伝子への影響を述べているが、この中で、西洋人がいかに「奇妙」になっていったのかを、文化や制度を指摘しながら詳細な論考を行っている。
確かに西洋人は「奇妙」である。人類進化の長い歴史から見ても、地縁血縁的な社会を早々と解体し、「個人主義的」に振る舞い、「分析的」に思考し、属人性よりも非属人的な法を重視する傾向は、極めて奇妙な文化的発展の方向である。私自身は、文化的多様性を説明するのに、ジャレド・ダイアモンドが『銃・病原菌・鉄』の中で論を展開したように、地勢的・生態学的要因を用いるのが理論の最終完成形と思っていた。したがって、たとえば、西洋人の思考の何らかの特徴をキリスト教の影響として説明するというアプローチは、西洋人がなぜキリスト教を受け入れて発展させていったのかを明らかにしない限り魅力的な説明ではないと思っていた。しかし、地勢的・生態学的要因による説明は決定論的すぎるという批判がある。実際、2024年のノーベル経済学賞を受賞したアセモグルのような制度論的な説明を援用しないと、制度の、偶然性が高いちょっとした違いが後の大きな差異を生み出しているという事実を説明できない。
それでは、西洋人の「奇妙」さはちょっとした違いから生み出されたのだろうか。ヘンリックの主張を解釈すれば、最初はキリスト教のある一派によるちょっとした動きがその後の西洋を形成したといえる。つまり、ブラジルの一羽の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こすようなことが生じたわけである。「奇妙」を形成した要因として挙げられるのが、キリスト教西方教会による血縁的親族集団の解体である。この解体は、教会の婚姻・家族プログラムによるもので、近親婚の禁止や「非嫡出子」という概念を広めることによる一夫多妻婚の減少から始まっており、これによって氏族社会のまとまりが弱くなっていった。最初はちょっとしたきっかけから始まったのかもしれない
(東方教会ではこういうことは起きなかった) が、この結果、嫡出子の相続嗣がいなくなって財産がそのまま教会に所属というケースが増え始めた。教会にとっては利益が大きいプログラムだったわけである。
血縁的親族集団の結束が弱くなった結果、西ヨーロッパでは、個人や核家族が中心となり、居住地の流動性が増し、中世には都市共同体への移住が促進され、親族集団に代わってギルドや大学などの任意団体が発展し、個人主義文化を促進する「奇妙な」西洋人の原型が作られていった。1400年時点での西洋と東洋では、文明の発展に大きな違いはなかったが、この「奇妙」な人々が、それ以降、産業革命などを生み出して19世紀の西洋のヘゲモニーを形成していったわけである。
このように歴史を眺めると、地勢的・生態学的要因による決定論では西洋人の「奇妙」さを説明するのが困難である。西方教会の婚姻・家族プログラムは、「奇妙さ」への、まさしく一羽の蝶の羽ばたきだったわけである。
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