2025年3月1日土曜日

トランプのプーチンへのすり寄り―2016年米国大統領選挙介入への返礼?

  2025年にドナルド・トランプが大統領に就任したが、ロシアのウクライナ侵攻 (そもそもトランプは「侵攻」という用語を使用していない) の停戦交渉において、おそろしくロシア寄りの提案を繰り返している。個人的には、戦争の継続には心が痛むが、軍事独裁政権による侵攻や軍事的圧迫は容認すべきではないし、世界全体において民主主義と正義は守らなければならないと考えているので、このトランプの姿勢には、非常に大きな憤りと不安を覚えている。

 トランプのこの姿勢はなぜなのか。日本のメディアでは、取引で物事を決めるトランプにとってウクライナの地下資源が最も重要であるとか、トランプの真の敵はロシアではなく中国であるとか、さまざまな議論が飛び交っている。ところが不思議なことに、2016年にドナルド・トランプが、民主党のヒラリー・クリントンを僅差で破って大統領に選ばれたときの、ロシアの選挙への介入との関係が日本ではほとんど報じられていない。

 この介入は、ラリー・ダイアモンドによる『浸食される民主主義(Ill Winds)』に詳細に記述されている。これは、トンデモ本などではなく、著者のダイアモンドは政治学者であり、この介入について信憑性がある文献を論拠としている。これらの介入は、大々的なものとして、ヒラリー・クリントンの選挙運動と民主党へのフィッシングによる攻撃である。彼らの膨大な受信ボックスから何百万通ものメッセージが盗まれ、これによってロシアは民主党のファイルに侵入し、議員や選挙運動スタッフなどが標的にされた。この漏洩は、民主党内の分裂を引き起こし、クリントンの信用が失墜した。この介入は、ロシア政府機関や諜報活動の部署が担当していたが、このほか報酬を受け取って活動するソーシャルメディアユーザーであるトロールによっても行われた。彼らは、トランプ支持に結びつきそうな社会問題や人種問題についてのフェイクを捻出したりSNS等で発信したりした。たとえば、2016521日、ヒューストンのイスラム教系施設で、「テキサスのイスラム化を阻止する」オンラインコミュニティと「イスラム知識の保存」オンラインコミュニティが互いに抗議活動を行った。これは、反イスラムの人々をトランプ支持に向かわせる効果があったと考えられるが、どちらのコミュニティもロシアで運営されていたもので、アメリカ社会の分断を大きくすることを目的として行われたと推察されている。

 プーチンによるこのようなトランプ支持のための選挙介入の理由は、2014年のプーチンによるクリミヤ併合を、オバマ政権下でヒトラーになぞらえて批判したクリントンを恨んでいるからであると推定されている。また、結果的にトランプが自国ファースト主義を採用すると旧ソビエト連邦共和国や東ヨーロッパにロシアが干渉しやすくなる。そして、ロシアの友好国だったリビア独裁政権の崩壊や、2004年のウクライナにおけるオレンジ革命のようなことをストップさせることもできるわけである。

 トランプのプーチンへのすり寄りは、このような選挙介入への返礼なのではないのだろうか。なぜかこの議論は、私は日本でほとんど目にすることがない。実は、『浸食される民主主義』を読むきっかけは、1989年のソビエト連邦崩壊を『歴史の終わり』とするフランシス・フクヤマの想定や、21世紀における紛争やジェノサイドの終結・人権意識の高揚という楽観主義を見直したかったことにある。トランプのプーチンやゼレンスキーに対する態度を見ると、米国までもが民主主義の国ではなくなるかもしれないという危惧になってしまう。独裁国による世界支配が、決して『歴史の終わり』になってはいけない。

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