丸川珠代五輪担当相が、「五輪は感染拡大の原因ではない」という自身の断言の根拠を問われ、「オリンピックの開会式は56・4%、閉会式が46・7%と、期間中も高い視聴率を記録」という珍回答が多くの人の嘲笑を浴びている。ひょっとして本人は、視聴率の高さは人々が外出しなかったということの証だと言いたかったかもしれないが、これを根拠と考えている彼女の頭の中を調べたいと思った人は多いだろう。
丸川氏といえば、東京大学を卒業してアナウンサーをしていたことが知られている。この出身が東京大学ということで、不思議がる人から「東大でも頭の悪い人がいる」という人まで、さまざまな意見がSNS上で述べられている。私自身は、これは、熟慮的システムと直感的システムを想定する二重過程理論が扱う好事例だと思うのだが、その枠組みで説明してみたい。東京大学を卒業しても、優秀な人もいればそうではない人もいるかもしれない。しかし、最低限の学力は保証されるし、熟慮的システムが担当する批判的思考や分析的思考能力はかなり高い部類にはいることは推測できる。問題は、その能力が何に使用されるかである。
二重過程理論の重要な研究テーマの1つに、熟慮的システムが直感的システムからの出力をどの程度あるいはどのように制御しているのかという問題がある。概して、直感的システムの出力が強烈な感情と結びついているときは、制御されにくく、場合によっては、熟慮的システムが直感的システムの出力の合理化・正当化に使用される。一般的には、熟慮的システムが適切に機能すれば、言い換えればクリティカルシンキングや分析的思考の傾向が強ければ、非科学的な思考は抑制されやすい。たとえば、多くの国において、このような思考傾向が強い人ほど、化石燃料の使用による二酸化炭素放出が地球温暖化の大きな要因だと判断している
(大きな要因ではない可能性もゼロではないが)。ところが、アメリカのトランプ支持者においては、逆に、分析的思考傾向が強い人ほど、放出された二酸化炭素が温暖化の要因だとする判断をしなくなるという結果が、カナダのGordon Pennycookらの一連の研究で得られている。つまり、トランプの支持によって彼の主張への直感的な賛意となり、そうなると熟慮的システムは、それを正当化するためだけに使用されるようになる。太陽の活動など、二酸化炭素以外の要因に注意が向けられるわけである。
丸川氏の場合もまさしくこれにあたる。調査したわけではないが、おそらく分析的に考える習慣が強い人は、東京オリンピックが感染拡大の大きな原因の一つと考える傾向が強くなるだろう。しかし、丸川氏のように、それを絶対に認めたくないという人は、たとえ東京大学に入学できるほどの分析的思考能力をもっていても、その能力が、原因論の否定の正当化に使用され、あげくのはてに、「視聴率が高いということは、人々が外出していない証拠」のような、全く考慮に値しない根拠が述べられたのだろう。このような「常識を覆す」発想は、ひょっとしたらアナウンサー時代には役に立ったのかもしれない。しかし、権力にぶら下がると、権力による主張の正当化に奉仕するようになった。デビッド・ヒュームがいうように、まさしく「理性は情念の下僕」なのである。
新型コロナウイルス感染拡大の要因―規範遵守意識を崩壊させたオリンピックの影響は大きい
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