Applied Cognitive Psychologyに掲載された法廷での後知恵バイアスについての論文を産経新聞で紹介していただいて以降、後知恵バイアスについて検索すると、後知恵バイアスが日本人を含む東洋人に多いというインターネット記事やブログが散見された。後知恵バイアスが東洋人で多いという知見の紹介はよいのだが、しかしそれらの中には、それを日本人の思考の非論理性の証拠として紹介するものから、日本人あるいは東洋人の知能の低さの現れとまで主張する粗悪なものまであった。これは訂正する必要がある。
私自身も、日韓英仏で後知恵バイアスの比較を行って論文を書いたが、そういう主張は全く行っていない(Yama et al., 2010)。知能の低さという点は明確に否定しておかなければならない。確かに知能が高ければ認知バイアスを抑制できるという知見は、Keith Stanovichによる一連の研究で主張されている。しかし、後知恵バイアスは、そのような認知バイアスとは異なり、逆の方向に進めば、基本的帰属誤謬(fundamental attribution error)にたどり着くバイアスなのである。後知恵バイアスが東洋人に多いのに対し、基本的帰属誤謬は西洋人に多い。
基本的帰属誤謬の代表的な研究に、アメリカ人大学生にキューバのカストロに関する賛成派と反対派の文章を読ませて書き手のカストロへの態度を評価させたものがある。カストロに好意的な文章があれば、当然この書き手はカストロに好意的だという評価になるが、「この書き手はカストロに好意的な文章を書くように依頼された」という情報が与えられても、その評価はあまり変化しなかったのである。つまり、実験に参加したアメリカ人大学生は、書き手の状況的制約を考慮することなしに、その文章内容を書き手の思想に過大に帰属させたのである。
東洋人に後知恵バイアスが多く、西洋人に基本的帰属誤謬が多いという事実は、何かの判断において状況的要因を、前者は考慮しやすく、後者は無視しがちであるという性向として記述できる。後知恵バイアスは「結果」という状況要因を考慮することによって生じ、基本的帰属誤謬は「依頼」という状況要因を無視することによって生じているわけである。以上から、日本人に後知恵バイアスが多いからといって、それを非論理性や知能の低さと結びつけるのは、明らかに誤りだということがわかるだろう。状況要因の無視は基本的帰属誤謬となり、どちらへ転んでもバイアスになるわけである。この状況要因の考慮・無視の程度の文化差は、西洋人の分析的認知・東洋人の全体的認知という枠組みで記述され、前者を西洋の個人主義文化、後者を東洋の集団主義文化と結びつけて説明されることが多い。ただし私自身は、この東洋人の思考傾向は、複数の要因を考慮する弁証法的思考傾向の結果と考えており、また必ずしも集団主義が反映されたものではないと推定している (Yama & Zakaria, 2019)。
Yama, H. et al. (2010). A
cross-cultural study of hindsight bias and conditional probabilistic reasoning.
Thinking and Reasoning, 16, 346-371.
Yama. H., & Zakaria, N. (2019).
Explanations for cultural differences in thinking: Easterners’ dialectical thinking and Westerners’ linear thinking. Journal of
Cognitive Psychology, 31, 487-506.
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