2018年3月26日月曜日

フランス人からの日本人への質問

 フランスを発つのは328日なので、トゥールでの滞在もあと2日になった。フランスは、今日からサマータイムで、日本との時差は1時間縮まった。これまでの何人かのフランスの人たちとの会話の中で、一番彼らが不思議に思っているのは、伝統的な文化を残しながらなぜ日本はハイテクの国になったのかということである。最近、全国紙のフィガロが発行している週刊誌に、熊野古道の特集があり、その写真にある、社寺仏閣や、白装束の巡礼者の姿が、彼らに強烈な印象を与えているようだった。確かに、神社の鳥居を背景に、白装束で錫杖をもった巡礼者が歩く風景は、どう見てもハイテクの国とは思えないかもしれない。

 実は、この質問は日本に対して非常に肯定的なものである。伝統的な文化は守るべきだ、しかし同時にハイテクの恩恵も受けたい、それをどうやって両立させるかがジレンマなのだが、日本は、それを非常にうまくやっていると思われているらしい。しかし、これには私もちょいと反論したい。フランスだって、中世からのキリスト教文化を守り、教会で祈り、宗教活動を続けているではないかと思うのだが、彼らによれば、やはり良き伝統は損なわれているらしい。良き伝統かどうかはわからないが、日本もかなり古い伝統が廃れているので、彼らの質問は意外なのだが、隣の芝生は青く見えるのかもしれない。

 ただ、もう一歩踏み込んでみると、好意的なのかもしれないが、彼らの質問の中に暗黙裡に、キリスト教の伝統からならハイテクを生む近代の合理主義は生まれるが、アジアの文化的伝統からはハイテクは生まれないはずだという想定があるとすれば、それは正さなければならない。羅針盤、火薬、紙、印刷は中国で発明されたが、たしかに、それらの発明は自然科学を生み出すのにはつながらず、結局、産業革命を先に成し遂げた西洋のヘゲモニーを許すことになってしまっている。しかし、科学は比較的普遍的な思考であり、合理主義の土壌があれば、比較的容易に根を下ろすものだと思う。そして、江戸期の日本に、識字率の高さや活発な商業活動で、すでにその土壌があったのではないかと思うのだが、それを説明するのはなかなか難しい。

2018年3月23日金曜日

せっかくなので旅行記 ― ロンドン・パリ編

 ロンドンからパリに移動し、パリでのワークショップの後、モンパルナス駅からTGVにのってトゥールに着いた。あまり得意ではないが、せっかくなので旅行記を書いてみることにした。

 ロンドンの主要観光地の中で、まだ見ていなかったのが、ロイヤル・アルバート博物館である。前に来たときは、この隣にある自然史博物館は見たのだが、ロイヤル・アルバートはまだ見ていなかった。大英博物館を見ておけばここは必要ないと思っていたからである。ところがどっこい、なかなか見応えがある。特に、チューダー朝からヴィクトリア時代までの展示が充実しており、大英博物館が古代世界史なら、ロイヤル・アルバートは英国の中世~近世史に興味がある人には非常に楽しいだろう。中世の十字軍の時代から、ヴィクトリア時代の自然科学の黎明期までが、実にわかりやすく展示されている。また、1900年前後の古い記録フィルムが残っているらしく、それを上映しているミニシアターもおもしろかった。

 英国外のものもないわけではない。日本の展示もあったが、ほとんどサムライ関係であった。おもしろいなと思ったのはガンダーラ芸術である。元々仏教は、偶像崇拝はしていなかったようだが、アレクサンドロスの遠征によって、一大異文化交流状態が生まれて、ギリシャ彫刻がガンダーラ地方に影響を与えたようだ。アレクサンドロスの遠征は、塩野七生の「ギリシャ人の物語Ⅲ」で詳しく記されているが、ペルシャ帝国からインドに接するあたりで、異文化交流がいかに活発になったかがわかる。で、下の写真が、ヘレニズム時代の仏像である。この顔で仏像といわれると日本人ならおそろしく違和感を覚えるだろうが、まさに異文化融合である。

 パリは二泊しただけだが、これまでと同じようにカルチェラタン界隈に泊った。ノートルダム、リュクサンブール、タペストリーで知られる中世美術館、骸骨がいっぱいの地下墓地であるカタコンブが徒歩圏内で、またシャルルドゴールからもRER一本なので、アクセスも非常に便利である。しかし、ここの滞在で替えがたいのは、周囲の雰囲気だろう。ソルボンヌや高等師範(エコル・ノルマル・シュープレール)などの大学が集まり、ここの空気を吸うだけでも賢くなったような気になる。ただ、残念ながら、パリ第8は近郊のサンドニに移り、そこの周囲は治安が悪く、あまり良い環境ではないと聞いた。カルチェラタンにはいい雰囲気のカフェも多く、写真のカフェは、20日のワークショップの前の昼食、後のコーヒーに利用した。昼のスパゲッティは美食が多いフランスの中で特においしいとは思わなかったが、雰囲気を味わうのには十分だろう。しかし、その夕食に食べたリゾットは、これまで食べたリゾットの中でおそらく一番美味かったと思う。リゾットは英語のような発音では全く通じなかった。最後の「ト」の母音にアクセントをおいてはっきり発音しないといけないようだった。





2018年3月20日火曜日

パリでのワークショップ ー Cross-cultural studies & rationality

 英国で10日過ごしてパリに着いた。今回の主要目的地は英国のWolverhamptonとフランスのToursなので、パリはちょっと寄り道しただけなのだが、パリ第8大学のJean Barataginさんが20日の午後にワークショップを開催してくださるとのことで、予定変更して2泊することにした。ワークショップは、下記にあるようにCross-cultural studies & rationalityというタイトルで、私は最後に30分いただいて話すことになった。


このP-A-R-I-Sは、Probability, Assessment, Reasoning, and Inferences Studiesの頭文字をとったもので、私は、この正式メンバーではないが、2011年にBarataginさんと私たちの日本チームの日仏共同研究がスタートしたときからこのグループにはいろいろとお世話になっている。

 私が話す内容は、ここ数年間追い続けている、エドワード・ホールが提唱した高コンテクスト・低コンテクストの区分と、推論についてのものである。


この話はすでに、心理学ワールドという日本心理学会から出版されている解説雑誌で発表しているが、コンテクストとは、コミュニケーション時に暗黙裡に人々の間で共有される背景知識で、高コンテクスト文化では、低コンテクスト文化と比較してそれがより利用される。いいかえれば、高コンテクスト文化では、阿吽の呼吸で感情を伝えることが可能になるわけである。そして、概して東洋が高コンテクスト文化とされている。これは、私の著書である「日本人は論理的に考えることが本当に苦手なのか」でも紹介されている。

 阿吽の呼吸のコミュニケーションは、親しい間柄での理想的なコミュニケーションのように言われる。しかし、私はこれに異を唱えたいのである。現代は、さまざまなレベルでグローバル化が進んでいる。産業化によって引き起こされた都市化は、いろんな文化背景をもった人たちが雑多に集まることを意味し、また国際化によって異文化同士の交流が頻繁になった。私も明日、異文化の人たちを前に話すわけである。このような状況で、異文化共生社会をつくりあげていくためには、低コンテクスト文化が形成されていることを意識し、コミュニケーションにおいて、相手が何を知っていて何を知らないかに敏感にならなければならない。そして、常識と思われるものを明示的にしたコミュニケーションが必要になってくるのである。

 明日は、このメッセージと共に、昨年の秋に日本社会心理学会で発表したデータを披露するつもりである。それは、論法における省略をどの程度受け入れるかというもので、「高コンテクスト文化では、コンテクストによって省略されたものの復元が容易なので、省略を受け入れやすい」という仮説に基づいて研究が行われている。代表的な例が、日本語の主語の省略である。私の心理学実験では、知られている前提の省略を受け入れるかどうかという質問で、日韓台英仏のデータを集めたが、必ずしも結果はクリアではない。とりあえず今回の訪欧で次の実験のデータが集まりつつあるので、結果はそれ次第である。あとはボタモチが降ってくるのを待つだけだ。

2018年3月16日金曜日

イングランドフットボール文化

 Jリーグが始まって25年、野球以外のプロスポーツ不毛だった日本で、この短期間のうちによくこれだけサッカーが盛んになったものだと思う。それでも、母国とされるイングランドと比較すると、やはりまだサッカーは文化として根付いていないという印象は強い。ここ、Wolverhamptonでも、大学の研究室には必ずWanderersグッズがあり、また、これまで訪問した別の大学の研究室でも、その地方のクラブチーム関係のものがあったりすることが多い。また、熱烈なアーセナルファンの某大学某教授の研究室は、アーセナル時計、アーセナルフラッグ、アーセナルカレンダー、アーセナルマスコットと、アーセナルで溢れかえっていた。一方、私の大学の近くにはC大阪のホームである長居のスタジアムがあり、院生にも何人か応援している人がいるが、院生室でC大阪グッズはあまり見かけない。私の研究室の前には、なぜかパナシナイコスのペナントがあるが、残念ながらC大阪ではない。ちなみに、私が応援しているのは京都サンガなのだが、あまりグッズは置いていない。

 イングランドの場合、各クラブチームは、それぞれの町や市の文化的伝統と結びついている。たとえば、マンチェスターユナイテッドの赤はランカスター家の赤バラ、リーズ(かつては強豪だったが、財務的な問題で今は2部リーグ)の白はヨークシャ家の白バラと、15世紀のバラ戦争以来の伝統がある(16年前にリオ・ファーディナンドがリーズからマンチェスターユナイテッドに移籍した時、リーズの少年が掲げていた「リオって誰だっけ?」と書かれたフラッグが印象に残っている)。ちょうど、Jリーグにおける、新潟と甲府の川中島決戦のようなものだが、Jリーグの場合はまだまだ根付いているとはいえない。

 文化的伝統は両刃の剣のようなもので、地域的な対立と結びついてかつてのフーリガンを生みやすい土壌も作っている。私が初めて北部のサンダーランドを訪れたとき、訪問先の教授から、近隣のライバルであるニューカッスルのユニフォームを着て絶対に街を歩くなと言われた。まあ、初めてサンダーランドを訪れた私がニューカッスルのユニフォームを持っている可能性は皆無なのだが、どちらもサッカーに熱い土地柄である。サンダーランドは、現在チャンピオンシップ(2部リーグ)の最下位で、おそらく来期は3部リーグだと思うが、人口30万人足らずの地方都市で、49,000人収容のスタジアムはいつも満杯になり、街ではユニフォームの人をよく見かけた。歴史的にサンダーランドは、北部にしては珍しいスコットランド長老派シンパで、内戦のときは議会派を支持したかなりラディカルな土壌のようだ。一方、ニューカッスルは保守的で議会派と対立した王党派が主流であった。こういう対立が残っていて、サポーターに感情的に共有されているというのは、ちょっと困ったことかもしれない。

 より困った問題は、英国の階級分化との結びつきだろう。英国では、アメリカほど黒人差別は強くないが、労働者階級に対する差別感は強い。そして、イングランドにおけるサッカーは、伝統的に、北部の炭鉱労働者や中部の産業革命以来の労働者の娯楽という面が強い。一方で、イートンなどの名門校では、盛んなのはサッカーではなくラグビーなのである。したがって、中産階級以上のラグビーと労働者階級のサッカーという住み分けはは、かなり強固である。英国の大学の教員は、中産階級以上の出身である人が多いが、彼らが子どものころサッカーに熱中すると、お母さんが渋い顔をしたという話もちょくちょく聞く。言い方を変えれば、サッカーには、労働者階級のエネルギーが溢れているともいえるのだが、こういう階層文化は、幸い、Jリーグに輸入されていない。今後Jリーグがどんな道を歩むのかわからないが、どのような文化を創り上げていくのか楽しみにしている。週末のサッカーの試合を楽しみに一週間過ごすという生活はシンプルで楽しい。ただし、そのためには、わが京都サンガにはもうちょっとがんばってもらわなければいけないが。

2018年3月11日日曜日

英国にて

 この3月、大学の助成金を受けることができ、英国とフランスに計3週間滞在することになった。金曜日に日本を発ち、夜遅くにWolverhamptonというミッドランド地方の田舎町にたどり着くことができた。おそらく日本人にはほとんど知られておらず、また日本人らしき人を見かけることもほとんどない街である。人口の4分の1がシーク教徒を中心としたインド系である(したがって、インド料理はうまい)。サッカーにかなり詳しい人なら、この街のサッカーチームであるWolverhampton Wanderersが現在チャンピオンシップ(イングランドの2部リーグ)の首位を走っており、来シーズンはプレミアリーグに昇格する可能性が高いことに注目しているかもしれない。

 Wolverhampton4年ぶりで、前回の訪問は、2014年の5月に、お世話になったManktelow先生の退職記念である、Reasoning, Cognition and Life: A Conference in Honour of Professor Ken Manktelowがあり、それに参加するためであった。WolverhamptonにはManktelow先生はもういらしゃらないが、彼の弟子や後輩にあたる研究者との共同研究が二件あり、そのための滞在である。

 英国には2008年度に1年間のサバティカルで滞在したが、イギリス人には、変わり者が多いという印象は強い。イギリス人が変わり者であるという評判は、ジョークにも現われている。たとえば、もし船の難破によって男性2名、女性1名が無人島に漂着したらどうなるだろうか。もし彼らがイタリア人なら2名の男性が決闘して勝ったほうが女性を妻にする。フランス人ならばそういう血生臭いことにはならない。1名の男性が夫になり、もう1名は愛人になるからである。で、もしイギリス人だったならば、何も問題は起きないのである。彼ら3名は、紹介されない限り決して誰とも話さないからである。

 日本人がシャイだとよく言われる。ただし、それはアメリカ人やフランス人、イタリア人と比較した上でのことで、イギリス人も負けず劣らずシャイではなかろうか。対人恐怖は日本人に多いとされるが、イギリス人の中にも対人恐怖ではないかと思われる人が散見される。ただ日本と違うなと思うことは、そのような対人恐怖でおそろしく引っ込み思案の人でも、学界等ではけっこう受け入れられているという点である。学界は、概してほかの業界に比べて変人に寛容ではあるが、その寛容さの度合いが、この英国では日本よりももう一つ強い。

 先日のニュースで、日本人のオジサンが世界で一番孤独であるということが報道されたが、当初は、私にとって意外であった。なぜならば、英国では、昼間、気難しそうな顔でぽつんと一人で公園のベンチに腰かけているイギリス人のオジサンやオバサンをしょっちゅう見るからである。彼らがほんとうに孤独なのだということは、よく聞かされていた。では、にもかかわらず日本人のオジサンが最も孤独という結果は何なのだろうか。同じようにシャイで気難しくても、ひょっとしたらそれを受容する環境が英国では日本よりもましなのかもしれない。日本の文化はよそ者に冷たいとよく言われるが(社会心理学の用語を使えば、「外集団成員に対して拒絶的」ということになる)、退職して仕事中心だった環境から地域社会に参入しようとするとき、よそ者、あるいは地域社会のルールを知らない変人として扱われると、拒絶感を味わって、孤独になるのかもしれない。

2018年3月8日木曜日

ハニートラップとセクシャルハラスメントーああナルシスト

 鈴鹿久美子氏が、政治家にハニートラップに代表される異性関係のスキャンダルが多い理由をある番組で語ったという記事があり、その番組は見ていないが、なかなか的を得た指摘だった。鈴鹿氏によれば、そのテの人種は、「東大入ったらモテるようになるんじゃないか」、「官僚になったらモテるようになるんじゃないか」、「政治家になったらモテるんじゃないか」という期待をしながら努力を重ね、うっかりモテてしまうと、若いころにモテなかった反動からハニートラップに引っ掛かりやすいとなる。

 まあ、私も「〇〇大学に入ったらモテるようになるんじゃないか」「研究者になったらモテるんじゃないか」と期待していた同族人種なので、偉そうなことは言えないが、大学でセクシャルハラスメントを起こす教員にも似たようなことがいえると思う。加えて、セクシャルハラスメントを起こした人に、自己愛性格、つまりナルシストが多いという印象は強い。

 現在、ナルシストの特徴として、顕在的自尊心は高いが潜在的自尊心は低いということが言われている。顕在的自尊心が高いということは、意識の上では、自分が価値ある人間であると信じられるわけである。しかし、潜在的自尊心が低い、つまり無意識的には自分には価値がないと思っていると、その不安は自己評価を行うときに常につきまとうことになる。そうすると、自分の価値を高めてくれるようなこと、たとえば、女子学生や女子院生から「〇〇先生、すごいですね」と言われると、彼女らには愛だの恋だのという意識は全くなくても、簡単に彼女らが自分に恋していると信じ込んでしまう。そして、セクシャルハラスメントを起こしてしまうのだ。大学におけるセクシャルハラスメントはハニートラップとはまず無関係だが、ハニートラップにひっかかる政治家と同じようなことがいえるのではないだろうか。

 ナルシストは、フロイトのいう男根期への固着とも説明されるかもしれないが、顕在的高自尊心・潜在的低自尊心概念で説明すると、鈴鹿氏の指摘する生育歴とも一致する。つまり、若い頃のあまりモテていなかった自己像が、社会的地位によってチヤホヤされるようになって少しは修正されてくるのかもしれないが、潜在化した昔の自己像の上に、顕在的高自尊心がのっかったという危うい人格が形成されてしまうわけである。

 セクシャルハラスメントを引き起こすナルシストは、アカデミックハラスメントも起こしやすい。「こんなに偉いボクをどうして好きにならないの? 好きにならないのは、あなたに問題があるからだよ」とアカデミックハラスメントに突っ走ることになる。自分が好きな女子学生・院生にはセクハラ、嫌いや女子学生・院生にはアカハラという、非常に「わかりやすい」教師になってしまうのだ。

2018年3月1日木曜日

卒業論文の意義 (3)―「卒論は市民リテラシーのため」と告げる意味


 卒業論文の意義についての、3回目の記事である。前回、卒業論文は、とくに研究者をめざすわけではない学生にとっても、市民リテラシーを育成する上で非常に効果があるということを主張したが、これは指導者側として学生に伝えるのは、実はかなりキツイのである。その理由は、このメッセージの意味するところは、「卒業論文は企業等であまり役に立ったり評価されたりしないかもしれない、その点で、あなた自身にはあまり益がないかもしれない。しかし、社会あるいは人類を向上させるのに役立つ。だからしっかりがんばってください」となるからである。

 そういう意味で、文学部における卒業論文は、特殊技能を教育する大学における、その専門のプロフェッショナルを目指さない学生への教育と似たものがあるかもしれない。たとえば、音大でピアノを専攻していても、プロフェッショナルのピアニストにはならない学生の卒業演奏会、あるいは、陸上の長距離界で活躍しても、その後は陸上の長距離に進まない学生の箱根駅伝のようなものかもしれない。卒業演奏会や箱根駅伝は華々しいが、卒業論文は地味なだけに、どうしても報われない感は強い。また、「ピアノが弾ける」や「長距離走が得意」というのは、人に誇れる特技として、人生の折々の機会に披露することができるが、よい卒論を書きましたというのは、なかなか一般社会でも評価されにくい。

 それでいて、市民リテラシーのために重要だから卒論をがんばりなさいというのは、「あなたたちはスタープレーヤーではないが、スターを評価・理解できるよき市民となるのです」ということとほとんど等価になってしまう。実際に、市民リテラシーは重要である。たとえば、産業革命では、1764年にジェニー紡績機を発明したジェームズ・ハーグリーブス、1771年に水力紡績機を発明したリチャード・アークライトなど、スタープレーヤーがいる。しかし、このような科学的イノベーションが一部の天才によって引き起こされたという考え方は、おおむね却下されている。科学的イノベーションとそれによる工業製品の増産は、まず科学的イノベーションを生み出す教育環境があり、そのイノベーションを理解する人々や、そのイノベーションに投資をする人々がいて、さらにそのイノベーションのための科学的発見への動機づけが高いという好循環がなければならない。一方、そういう周囲の理解を得られなかった平賀源内の発明は、革命を起こさなかった。要するに、産業革命を引き起こした最も大きな力は、市民リテラシーではないかと考えられるわけである。

 現代は、情報革命に代表されるイノベーションの連続である。イノベーションを引き起こし、それを社会システムに組み入れて良き方向に導くのは、少数の天才ではなく、市民リテラシーを習得したよき市民なのである。そしてそれを、卒業論文を書くような経験が支えるのである。