2019年10月31日木曜日

「スロー」は「ファスト」を制御可能か? ―歴史的自然実験による検証


 私は、会員ではないが、1026日と27日に慶應義塾大学で開催された「法と心理学会」に出席してきた。「性犯罪の再犯予防に関する現状と課題―領域横断的な共同研究の可能性に焦点を当てて」というワークショップを上宮先生と仲先生が企画下さり、その話題提供をさせていただいた次第である。私以外の話題提供者は、性犯罪受刑者の矯正について話された鈴木先生と、生態学的介入を提唱された横光先生であった。また、指定討論者として山本先生と越智先生からコメントをいただいた。

 私は性犯罪的な研究はほとんど行っていないが、「領域横断的な」という表現に甘えて、二重過程理論の枠組みで話題提供を行った。二重過程理論は、このブログで何度も取り上げているが、スローだが柔軟な情報処理が行われる高容量システムとファストだが固定的な情報処理が行われる低容量システムを仮定している。実は、私がこれを日本で紹介し始めた2000年前後は、「二重過程? あたりまえでしょ? それで?」という反応でしかなかった。しかし、ファストな過程が進化的合理性の実現と関係し、規範的合理性を可能にするスローがどのように進化したのかという議論とともに知られるようになり、1970年代1980年代はファストの所産であるバイアスの研究に専念していたカーネマンが、最近『ファスト&スロー』を出版し、ついに市民権を得たようである。

 私は、自著である『「生きにくさ」はどこからくるのか』の中から、18世紀のヨーロッパの戦争・暴力・残虐性の減少と、第二次世界大戦以降の戦争・殺人・犯罪・暴力の減少と人権意識の高まりという2つの歴史的事実を、「自然実験」としてとりあげ、このような変化を、「スロー」による「ファスト」の制御という枠組みで論じた。自然実験は、人為的に何かを操作する実験室実験等と対比されるが、実際に生起したことを利用して、因果関係を推論するというものである。

 18世紀の人道革命にしろ、第二次世界大戦以降の人権意識の高まりにしろ、私が注目したのは、ストーリーの効果である。ストーリーは心の理論の喚起またはメンタライジングを引き起こすが、それが被害者の心情理解に適用されると、共感が促進される。それは、犠牲者が同定されると同情・共感が大きくなる犠牲者同定効果として現れる。概して、ファストの出力には強い感情を伴うことが多く、それをスローで制御しようとすれば、心の理論というファストをうまく使用して同情・共感という感情を生起させ、性衝動のような別のファストを抑制するのが王道だろう。したがって私の具体的な提案は、よきストーリーを読ませる・鑑賞させることが、性犯罪者矯正教育に重要だという点である。ただし、最近の研究によれば、共感は認知的共感と情動的共感に分類され、サイコパスのような情動的共感が欠如している犯罪者には、はたしてこの効果があるのかどうかという確信はない。

 ワークショップの後、この二重過程の枠組みに大変興味を持たれるかたがいらっしゃることを知った。また、犯罪抑止という視点から重要な枠組みのようである。「二重過程? あたりまえでしょ? それで?」の時代から大きく変わりつつあるなと実感している。

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