「スロー」と「ファスト」の違いの一つに、「ファスト」は進化的に古く、進化的合理性を示すのに対し、「スロー」は進化的に新しく、規範的合理性を示すというものがある。進化的合理性は、遺伝子の生き残りやコピー(繁殖を含む)と直結する合理性で、一方、規範的合理性は、ホモ・サピエンスが協同する上で必要なルールや論理学・確率論によって規定される。
意思決定の規範候補の一つに、多属性効用理論がある。これは、複数の選択肢の中から最適な対象を選択する場合の基準で、それぞれの選択肢について、いくつかの属性において効用を推定し、各属性の重み(重要な属性は、重みが大きくなる)を考慮して、全体の効用を計算し、それが最も高い選択肢を選ぶべきと定められている。たとえば、以下のようにA、B、C、Dのパソコンの中から1つを購入する場合を考えてみよう。人によって、属性の重みは異なるかもしれない(私は、「軽さ」をかなり重視している)ので、それを考慮して各選択肢の効用が計算可能である。効用(下の表では、5点満点として欲しい)や属性の重みはあくまで主観なので、規範とはいえないかもしれないが、かなり合理的な決定ができることがわかるだろう。
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A
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B
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C
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D
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軽さ (人柄)
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5
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4
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3
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2
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価格 (容姿)
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2
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4
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3
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5
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容量 (収入)
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4
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2
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3
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4
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処理の速さ (社会的地位)
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3
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4
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4
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3
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私は、思考実験として授業でときどき学生に質問するのだが、多くの学生は、まず購入するパソコンの選択なら、この方法は望ましいと判断する。ところが、これが結婚相手選択の場合ならどうだろうか。仮にあなたがAさんとしよう。そして、上の表の「軽さ」、「価格」、「容量」、「処理の速さ」という属性を、それぞれ「人柄」、「容姿」、「収入」、「社会的地位」に書き換えてみよう。あなた(すみません、あなたは「男性」とします)は、ある女性から、彼女が作成した表を見せられ、「私にはあなたを含めて4名の結婚相手候補がいたのですが、この表の結果、あなたを選びました」といわれたらどうだろうか。「人柄」が5になっているので、この部分が評価されたのかなとは思うだろうが、おそらくあまりいい気分にはならないのではないだろうか。学生に聞いても、パソコンは直感よりは多属性効用理論で選ぶほうが合理的だが、結婚相手として選ばれるなら、直感で選んでもらう方がはるかに嬉しいという答えが返ってくる。
この理由はいくつか考えられるが、上のような表の場合、たとえば第5の候補者のEが現れて、EがAであるあなたより優れていた場合に、すぐに選好が入れ替わってしまう可能性がある。長い結婚生活を考えると、それは嫌だということになろう。また、2とされた「容姿」について、「かなり容姿を我慢してもらっているのだな」と考えると、いくら彼女がそれを重視していないと理解できても、ちょっとやりきれない。
それに対して、直感に代表される「ファスト」は、強い感情を伴って、修正がなされにくいという特徴がある。これなら選ばれるほうも満足というわけだ。ただし、『ファスト&スロー』の著者であるD. カーネマンも、結婚についての主観的幸福感の調査から、直感による感情は、結婚後急激に醒めていくという警告をしている。人生、なかなか思い通りにならないようだ。
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