思考心理学においてウェイソン選択課題が用いられた研究はかなり下火になり、私自身もここ10年程行っていないが、世間ではむしろ知られるようになってきており、ときどきネット記事でも見かけるようになった。代表的な例は以下のような課題である。
表にアルファベット、裏に数字が印刷されているカードがあり、それらのうち、4枚が以下のように並べられている。
B E 3 6
これらのカードにおいて、「もし表がBならば、裏は3」というルールが正しいかどうかを調べたい。そのためには、どのカードの反対側を見る必要があるだろうか。
正答はBと6なのだが、正答率は極めて低く、Bと3と答える人が非常に多いということが知られている。3は反対側のアルファベットを見る必要はない。反対側がBであればルールに一致するが、CであってもEであってもルールを反証するわけではない。このルールは、Bの反対側が3以外であるカードによって反証されるので、選択すべきは6で、反対側がBかどうかを調べる必要がある。
このBと3を選択する反応が、「人間には、「Bならば3」のようなルールを反証するのではなく確証する傾向がある」として説明されるのが確証バイアス説である。そして、この誤答が確証バイアスの典型例としてしばしば紹介されている。人間は自分の仮説を守りたがり、その仮説に一致する事例のみを探そうとする傾向を表すものとされている。愛煙家が「喫煙はガンとは関係がない」という仮説を守るために、ガンにならなかった喫煙者を探すのと同じだというわけだ。
これには2つの誤解がある。第一は、確証バイアスには、このように自分の仮説を守りたいという動機論的要素はないという点である。また、確証バイアスという用語もここ10年程あまり用いらていない。確証バイアスの代わりに用いられるのが「肯定性バイアス」という用語で、これは仮説検証の効率的な情報探索の一つとして位置づけられている。
第二は、ウェイソン選択課題の誤答は、確証バイアス説では説明されていないという点である。ウェイソンは当初はこの説を提唱したが (おそらく、この論文を読んだ人や論文が紹介された本を読んだ人が誤解しているのだろう)、すぐに弟子のエヴァンズとの共同研究によって否定している。エヴァンズは、もし確証バイアス説が正しいならば、上の例で、ルールを「もしBならば3ではない」にすると、人間は3ではない6を選択してルールが正しいことを確証するはずだと予想して実験を行った。しかし、このような否定文では3の選択が増加したということを報告した。この反応は正答になるが、これはあくまで偶然である。
この結果からエヴァンズは、人間は、肯定文にしろ否定文にしろ、ルールに表示された「3」とマッチするカードを選択する傾向があるとして、それをマッチングバイアスと命名した。ウェイソン自身もこの説を支持しているので、確証バイアスの代表例としてウェイソン選択課題が紹介されると、現在では非常に大きな違和感を覚える。
なお、備考になるが、いくら人間の推論がバイアスの影響を受けやすいといっても、マッチングのようなシンプルなメカニズムで高次な人間の推論を説明するにはやはり違和感が残る。そこで私は、最適選択というマッチングよりは合理性を伴う概念を援用して再検討した。マッチングバイアス説は完全に否定されなかったが、そのかなりの成分は最適選択によって生じていると推定している。
参考文献
Evans, J. St. B. T. & Lynch, J. S.
(1973). Matching bias in the selection task. British Journal of Psychology, 64,
391-397.
Wason, P. C. (1966). Reasoning. In B. M.
Foss(Ed.), New horizons in psychology.
Penguin.
Yama,
H. (2001). Matching versus optimal data selection in the Wason selection task. Thinking and Reasoning, 7, 295-311.