10年以上前、ちょうど廬武鉉が大統領だったが、私が韓国政府の基金でソウルに滞在した時である。北朝鮮とも交流が進み、北朝鮮も遠くない未来に徐々に民主化されるのではないかと私が楽観的に期待していたころである。ある先生が私の楽観論に釘をさした。「廬武鉉は怖い」と。また、日韓関係も、植民地時代を経験しなかった世代が韓国の中心になれば、もっと改められるのではないかと思っていたが、何名かの先生の意見は、「もっとやっかいになるかもしれない」というものだった。つまり、植民地時代を経験した人たちは、廬武鉉政権で喧伝されていた植民地の悲劇的イメージを、「それほど悪かったわけではない」と指摘することができたのだが、その世代がいなくなると怖いという。奴隷状態のような印象だけが誰にも修正されずに独り歩きする可能性が生じてくるわけだ。
現在、文在寅政権は、朴槿恵政権下で慰安婦合意と徴用工裁判に関与した人物に対する検察の調査を進めていて、慰安婦合意を主導した李丙ギ氏は拘束され、尹炳世元外相は徴用工裁判に関与した疑いで検察の捜査を受けているようだ。「歴史歪曲禁止法」が成立すると、このような人々が取り締まりの対象となる。植民地時代の日本の統治がどのようなものであったのかという科学的な研究ができなくなり、『帝国の慰安婦』の朴裕河氏なども自由な発言が著しく制約される可能性が高い。
ヨーロッパにおいて、ホロコースト否認は多くの欧州の国において違法とされるようになった。おそらく、文在寅はこれをモデルにしているのだろう。しかし否認を違法とするこの背景には、言論の自由の両立とのジレンマを抱えながらも、ユダヤ人差別を肯定する極右の台頭に対して危機感を感じていたという状況がある。また、ホロコーストは、植民地や戦争において偶発的に起きた虐殺あるいは暴虐とは異なり、ある思想団体が意図的に民族浄化を試みたというとてつもない人類的犯罪である。これと、植民地支配を同列に並べても無理があるのではないだろうか。さらにイスラエルには、外国に対して「ホロコースト否定論者」の身柄引渡しを要求できる「ホロコースト否定禁止法」がある。まさか文在寅はここまでは真似しないと思いたいが、昨今の状況を見ていると、楽観は禁物である。
しかし、韓国にも廬武鉉や文在寅に対する批判的な人々も多い。怖くて声をあげることができないだけである。したがって、ビザ免除廃止のような強硬論には私は反対である。日本が問題視すべきなのは韓国人全体ではなく文在寅であり、言論の自由を後退させようとしているのは彼だとして批判すればよい。そんな中で私がほっとするのは、李洛淵首相の「日本は過去の前で、韓国は未来の前で謙虚な態度をとるべき」という発言である。この発言は、その前半部分が日本で批判されているが、よく見れば名言である。韓国は、日本が戦後に歩んできた道、つまり平和への価値を重んじ、韓国経済の復興に貢献したということを謙虚に認めるべきという主張である。政権の中からもこういう発言があるとほっとする。
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