2018年4月19日木曜日

ユートピア・イデオロギーの弱体化―平和のためにはありがたいのだが


 この4月から、大阪南部の和泉市のいずみ市民大学で計8回の講師をさせていただき、すでに2回を終えた。タイトルは「心理学からみた現代」で、現代は人々のモラルが低下し、悪い時代になっているように思われるが、実は違うのだというということが主旨である。受講されている方々は、大半が私よりも年長と思われるが、非常に熱心で、こちらがタジタジとなる質問やコメントをいただくこともある。

 2回目は、世界全体で戦争やジェノサイドは見事に減少しているという話で、その主たる要因は、国同士の経済的相互依存が大きくなったこと(それによって、隣国との戦争にたとえ勝ったとしても、経済的には失うものの方が大きい)と、人権意識の高まりであるということを説明した。それらに加えて、指摘した要因の一つに、ユートピア・イデオロギーの弱体化がある。ユートピア・イデオロギーの弱体化が戦争の抑制になっているということはわかりにくいかもしれないが、ユートピア・イデオロギーとは、「〇〇したら、世界は~のようなユートピアになる」という共同幻想である。

 一般には、このイデオロギーは、よき社会を作りあげて行く推進力になっている。世界史的に、民主主義へのマイルストーンとして評価されている、フランス革命、アメリカの独立、あるいは明治維新において人々が共有したのは、平等な国を作りたい、宗主国に支配されない民主的な国を作りたい、西欧列強に負けない豊かで強い国を作りたいというイデオロギーである。このイデオロギーは、革命や独立などの推進力となったのだが、そのためには闘争や戦争も辞さなかった。

 しかし時には人々を酔わせてとんでもない方向に導くのもこのユートピア・イデオロギーである。第二次世界大戦時の日本の「大東亜共栄圏」や、ドイツの「ゲルマン民族の純潔が守られた国」というイデオロギーは国民を甘い酩酊に誘い込み、とんでもない結果をもたらしている。また、現代では、イスラム国がユートピア・イデオロギーに人々を巻き込んでいる。

 一般に、ユートピア・イデオロギーは独裁者によって作られやすい。その理由は、国民を満足させることができない状態で権力を守るためには、国民にユートピアという夢を抱かせて酔わせるのが、独裁者にとって手っ取り早い戦略だからである。現代の数少ない独裁者の一人である金正恩は、国民にどのようなユートピアを抱かせているのだろうか。このイデオロギーが破綻した時が、自暴自棄の暴走なのか、独裁政権からの解放なのかわからないが、後者であることを切に願う次第である。

 一方で、ユートピア・イデオロギーは国民に夢を与えてくれる。しかし、民主的で人々に情報が行きわたると、そういう都合がよいユートピアはだんだんと信じられなくなる。それが、戦争の抑止になるということはたいへんありがたいことなのだが、それとともに将来に向けての希望が小さくなってしまうようにも思える。民主的な豊かな国家であるはずの日本人が、現代に閉塞感を感じ、幸福感が小さいというのも奇妙な現実も、ユートピア・イデオロギーを持つことができないということが原因の一つなのかもしれない。

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