2023年4月1日土曜日

ウクライナ侵攻―ユートピア・イデオロギーの復活と経済的相互依存の脅しへの利用

  スティーヴン・ピンカーは、『暴力の人類史(The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined)』の中で、2011年時点で21世紀になってから世界において戦争が終結した理由の中に、「ユートピア・イデオロギーの弱体化」と「経済的相互依存の増大」があることを指摘している。しかし残念なことに、ロシアがウクライナ侵攻を始めてすでに1年以上が過ぎ、「戦争がない世界」とはとてもいえない状態になってしまった。現在の侵攻は1年余かもしれないが、2014年のクリミヤ侵攻からの継続ならば、すでに10年近く経っているといっても過言ではない。これまでのさまざまな報道から、ロシアにおいて、ユートピア・イデオロギーがこの10年で強くなっていること、経済的相互依存を他国への脅しとして使用していることが明白になっている。

 ユートピア・イデオロギーとは、「世界は~のようなユートピアになる」という共同幻想である。これはプラスに働く場合もあるが、第二次世界大戦時の日本の「大東亜共栄圏」や、ドイツの「ゲルマン民族の純潔が守られた国」というイデオロギーは、とんでもない結果をもたらしている。プーチン政権の場合は、ソビエト連邦というよりは、偉大なるロシア帝国の復活のようだ。ソビエト連邦の崩壊の後、ロシアは経済的に大混乱に陥った。それを独裁的な手法で立て直したのがプーチンであり、またロシア国民もそう信じている。そうすると、プーチンにとってこの独裁を維持する上でも、「偉大なるロシア帝国」ユートピア・イデオロギーは非常に都合がよく、また、国民がそれを信じやすい状況が生まれているといえる。ちょうど、明治維新の後の日本が独裁によって富国強兵という目標に邁進し、ある程度の軍事強国になって「大東亜共栄圏」というユートピア・イデオロギーが生まれた状況と似ているかもしれない。プーチンには、西側によってソビエト連邦が崩壊されたというル・サンチマンがあるようだが、明治維新後の日本も、西洋列強によってアジアが虐げられたという負の歴史への復讐が標榜されており、非常によく似ている。

 経済的相互依存は、本来なら戦争のストッパーになるはずである。経済的相互依存が強くなれば、隣国との戦争は、たとえ勝ったとしても経済的には失うものの方が大きいからである。ところが、ロシアは石油や天然ガスなどの豊かな資源を武器に、相互依存状態の国々に対して、脅しに利用している。これはウクライナに対してというよりは、ウクライナを支援しそうなヨーロッパの国々に対して用いられている。プーチンは、とくに、ノルドストリームの恩恵を受けているドイツはロシアに対して強硬な態度をとらないと予想していたようだ。

 ユートピア・イデオロギーの弱体化と経済的相互依存は、戦争の抑止として重要であることは変わりはない。しかし、独裁者の前では脆いということが実証されてしまった。とくに後者は、独裁者によって脅しとしての武器になることが示されたことは、経済のグローバル化にとって非常に残念である。

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