第4回Human and Artificial Rationalitiesのキーノートに、『関連性理論』や『表象は感染する』など、その著作のうちのいくつかが日本語訳されているDan Sperberが招待されていた。講演題目は、”Rationality and reasoning in an evolutionary perspective”である。
Sperberの主張は、この30年間一貫しており、進化理論に基づいた認知的アーキテクチャーの想定である。なお、二重過程理論では、進化的に形成されたモジュールの束である直感的システムと、それらモジュールを制御できる熟慮的・内省的システムの両方が想定されるが、Sperberは、この熟慮的・内省的システムを認めないわけである。実際、進化のメカニズムだけから考えると、汎用的な熟慮的・内省的システムが進化したことが認めがたいのは事実である。確かに私たちは大きな脳容量・認知容量によって支えられるこのシステムによって、未知の問題にも対処していくことができ、生存に極めて有利になっている。しかし、Sperberに代表される進化理論の立場では、そもそも野生環境でエネルギーを節約しないと生存し続けにくい生物に、未知の問題までも解決できる汎用性が高いシステムが進化したことはあり得ないというわけである。
Sperberは、そもそも人間の推論の汎用性が高いという見立て自体が誤りで、推論は鳩ノ巣原理 (pigeonhole-principle) の直感的なものであると主張する。とくに、二重過程論者が、熟慮・内省的システムの起動にかかわっているとして重視しているメタ推論
(熟慮・内省的システムの機能とする立場もあれば、このシステムから独立したさらに上位のシステムと想定する考え方もある) について、心の理論の心的表象のように、あくまで直感的であるとして、熟慮・内省的システムを想定する必要がないことを説いている。なお、他者の行動を、その背後に心の働きがあると想定して解釈する推論は「心の理論」と呼ばれているが、一見複雑な推論のようで、実は直感的でモジュール的であるとされている。このような推論モジュールが、表象を形成し、推理
(推論よりもう少し複雑で、実用的なものを推理と呼ぶ。なお、シャーロックホームズが行うのは推理であって推論ではない) が可能になるが、推論表象が直感的である限りこれは領域固有的であり、汎用的ではなくメカニズムも固有的ということになる。
私の個人的な印象として、二重過程理論にもSperberのモジュール表象理論についても、問題は残されていると思う。二重過程理論における大きな問題は、メタ推論の潜在性である。ヒトの思考の高次性は、顕在性と直結しているので、熟慮・内省システムの機能であるとしても、その上位のシステムであるとしても、この問題は残されたままである。一方、Sperberのモジュール表象理論における問題は、認知容量とのかかわりである。進化理論であっても、認知容量が何らかの淘汰圧によって大きくなったことは認めている。二重過程理論では、思考に使用される認知容量が大きいほど、柔軟で汎用的な思考ができると考えているが、Sperberは、この点についての言及はほとんどしていない。
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