2026年7月11日土曜日

『異性愛者はなぜゲイとレズビアンに否定的なのか』を読むー雑感

  私が主査 (ただし、大学院の指導教員だったわけではない) となった鈴木文子氏の博士論文が、『異性愛者はなぜゲイとレズビアンに否定的なのか』というタイトルでナカニシヤから出版された。本書は、博士論文の出版ということで、もっと硬い内容になるかなと心配したが、わかりやすく現代的な問題にうまく言及したものになったと思う。

 LGBTへの偏見・差別の根源としてジェンダーアイデンティティという概念が今まで提案されてきた。ただし、概して、男性異性愛者によるゲイへの嫌悪は、女性異性愛者によるレズビアンへの嫌悪よりも強い。実際、たとえば英国などでは男性間の性行為に対する刑罰が比較的近年まで存続していたが、女性間の性行為にたいする刑罰の歴史はない。この性差をどのように説明するのかが、学術的に最も重要な問題として本書で扱われている。本書では、さまざまな文化において男性の性役割のほうが女性のものよりも厳格で、男性のほうが「男性らしさ」からの逸脱への許容度が低いためとする「厳格性仮説」と、性役割の特性が男女で異なり、他者へ共感性が女性により求められるため、女性のほうがレズビアンへの嫌悪が低いとする「特性仮説」の検証が行われている。鈴木氏のいくつかの社会心理学的な実験の結果、後者のほうが支持された。

 当初このテーマを紹介されたとき、第二次世界大戦以降の人権意識の高揚として、人種差別、性差別、障がい者差別と並んでLGBTへの差別はずいぶんと弱くなっている中で、私自身、どのような結果が得られるのか興味があった。日本ではゲイへの刑罰はなかったかもしれないが、ホモとかオカマと呼ばれ、嘲笑の対象だった。それが今世紀に入って状況が大きく変化している。しかし、同性婚にはまだまだ抵抗があるようだ。調査結果からは、このような変化を経ても、LGBTへの嫌悪が強いことが示された。個人的には、1980年代あるいは戦前に同じ調査ができたら比較ができて興味深いと思うが、これはタイムマシンがないと不可能である。

 概して、差別は、差別される側への共感によって減少していると考えられる。また、差別や嫌悪が単に弱まるだけではなく、共感の対象も広がりを見せている。そうすると、このような潮流は、LGBT以外への差別にも拡大しないだろうか? いわゆる「変態」と呼ばれる性的に異常とされる行為を嗜好する人たちの中で、やっとLGBTに光が当てられつつあるが、ほかにもこの可能性があるものはないだろうか。小児性愛や露出症など、相手からの合意がないものは、許容というよりはむしろより嫌悪されるようになった。このような中で、誰にも迷惑をかけていない合意がある近親婚が共感を得る可能性はないだろうか。近親婚は、障がいをもった子どもが生まれる可能性が極めて高いということで禁止され、嫌悪を感ずるような文化が維持されてきた。しかし、これは障がい者差別はいけないとする視点と矛盾し、ダブルスタンダードである。ましてや、子どもを作らなければ、父娘、母息子、兄妹、姉弟が両者合意のもとに結婚しても何の問題もないはずだ (この文章で、もしかなり嫌悪感を抱いているとすれば、あなたは、このような文化にどっぷり浸かっているのだ)。しかし、これだけ人権が叫ばれる世の中になっても、彼らは世の中で認められず、嫌悪感を抱かれながら生きている。彼らに光が当てられる兆候はまだ見えないが、誰かが共感を呼ぶようなナラティヴを創れば、大きく変化するかもしれない。

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