私の研究室の大学院生の呉長憶さんを筆頭著者とする論文が、Wileyから出版されている国際誌のGlobal Networksに3月末にオンライン掲載され、大阪公立大学からプレスリリースしていただいた。以下がその内容で、本ブログでも紹介したい。
人々がコミュニケーションを行う場合は、話し手と聞き手が共有する情報であるコンテクストを利用します。このコンテクストの依存度には文化差があると考えられ、西洋人は依存度が低い『低コンテクスト文化』、東洋人は依存度が高い『高コンテクスト文化』とされてきました。
大阪公立大学大学院 文学研究科 呉 長憶大学院生と山 祐嗣教授の研究グループは、高コンテクスト文化とされている日本人および中国人は、相手国の人とコミュニケーションを取る際、高コンテクスト文化から低コンテクスト文化にコードスイッチングしていることを明らかにしました。さらに、日本人は、日本で生活している中国人留学生に対しては、コードスイッチングをあまり行わないことも明らかとなりました。本研究により、人々が異文化間コミュニケーションを行う際は、低コンテクスト文化である可能性が高いことが示唆されたと同時に、低コンテクスト文化は異文化交流が多い環境で形成されやすいことも示唆されました。
<研究の背景>
人々がコミュニケーションを行う場合は、話し手と聞き手が共有する情報、すなわちコンテクストを利用します。たとえば、友人を花見に誘う場合、日本人相手なら、「花見に行かない?」というだけで意図を理解してもらえます。その理由は、花見とは何かからその雰囲気まで、コンテクストとして共有されているからです。コミュニケーションにおけるこのコンテクストの依存度には文化差があると考えられ、西洋人は依存度が低い『低コンテクスト文化』、東洋人は依存度が高い『高コンテクスト文化』とされてきました(e.g., Hall, 1976; Meyer, 2014; Yama & Zakaria, 2019)。いわゆる、阿吽の呼吸は典型的な高コンテクスト文化のコミュニケーションスタイルです。
従って、日本人も中国人も同じ東洋人として高コンテクスト文化圏のはずですが、先行研究において『日本人は、中国人のコミュニケーションスタイルが、西洋人と同じように低コンテクスト文化であると信じている』という主張があります(山科, 2018)。私たちはこの理由を、日本人は比較的他国の人々より中国人と接点があると同時に、中国人は日本人とコミュニケーションを行う際にコンテクストが共有されないことを考慮しているためではないかと推論しました。この解釈の背景には、低コンテクスト文化は、異文化コミュニケーション時に生じやすいとする主張(Gudykunst, 1991; Ting-Toomey, 1999)と、人々が異なるコミュニケーションスタイルに対応する際の適応行動として、高コンテクスト文化と低コンテクスト文化をコードスイッチングするという主張(Zakaria, 2017)があります。日本人ではなく中国人を誘う場合は、花見とは何かの説明をくわえるわけです。そこで本研究は、この解釈について検証することを目的に実施しました。
<研究の内容>
本研究では、コンテクスト依存度を測定する17項目の質問紙(Richardson & Smith, 2007)を用いて、日本人大学生(65名)と中国人大学生(80名)、日本で生活している中国人留学生(50名)を対象にアンケート調査を行いました。各グループは、各質問(「伝えたいことを全部言葉にしなくても、聞く人は話す側の意図がわかるはずである」など)に対して『自分自身はどの程度当てはまるか』『自国民はどの程度当てはまるか』『他国民(日本人なら中国人、中国人および中国人留学生なら日本人)はどの程度当てはまるか』を回答しました。
その結果、日本人学生と中国人学生では、相手国の人々を低コンテクスト文化であると判断していることが明らかとなりました。つまり、相手に対して自分の国の常識を知らなくても大丈夫なように、コミュニケーションスタイルのコードスイッチングを行い、互いに相手を低コンテクスト文化と判断したわけです。しかし、これらの違いは中国人留学生には見られませんでした。つまり、すでに日本とコンテクストを共有している留学生には、日本人は低コンテクストスタイルにコードスイッチングをする必要がなくなった結果と解釈できます。
これらの結果は、人々が異文化間コミュニケーションを行う際は、低コンテクスト文化的状況である可能性が確認されたと同時に、低コンテクスト文化は異文化交流が多いような環境で形成されやすいことを示唆します。さらに、異文化コミュニケーション時にコードスイッチングを行うことも示唆されました。
<期待される効果・今後の展開>
この研究には、理論面と実用面の2つの意義があります。理論面としては、高低コンテクストという文化の違いがどのように生まれるのかについて、生態的・地勢的な説明理論に発展させることが可能です。本研究によって、異文化交流時に低コンテクスト文化的コミュニケーションスタイルが用いられやすいことが示されましたが、古代ギリシャのように異文化間の交流が盛んで、1つの文化に統一されにくい地勢的環境で低コンテクスト文化が生まれやすいとする理論に発展させることができます。これが、西洋の低コンテクスト文化の源流となっていると推定できます。
また、実用面としては、効率的なコミュニケーションの促進に示唆を与えてくれます。高コンテクスト文化の人は、低コンテクスト文化の人とのコミュニケーション、あるいは異なる高コンテクスト文化の人とのコミュニケーションにおいて、誤解や葛藤がよく起こります。これは対人関係に悪影響を及ぼします。したがって、相手の話し方に合わせて自身のコミュニケーションスタイルを変えることは、コミュニケーションの質を改善するために非常に重要です。今後は、人々の生活適応能力、コンテクスト依存度、コードスイッチング能力の三者間の関連性について、検討を加えていきます。
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