2022年8月11日木曜日

『ルーズな文化とタイトな文化』を読む(2)―ロシアの独裁への適用

  ルーズな文化とタイトな文化という区分は、単にさまざまな国々を分類するというだけではなく、同一国家内の時間軸上の変化も記述することができる。本書における興味深い記述は、ルーズな文化からタイトな文化への揺り戻しとして、「アラブの春」の失敗、すなわちエジプトなどにおける独裁への回帰を捉えていることである。この視点は、ロシアの変化にも適応され、原著はウクライナ侵攻以前の2018年の出版だが、出色の分析だと思う。

 1991年に独裁的でタイトな文化をもたらしていたソビエト連邦が崩壊すると、多くのロシア国民は民主主義を支持した。しかし、急激な経済の衰退と社会の混乱を経験すると、民主主義のルーズな文化を支持する熱気は薄れてきた。GDPの減少、とてつもないインフレ、犯罪の急増、薬物依存やアルコール依存の激増など、ロシア人の平均寿命を大きく下げるほどの混沌を経験したあとに登場したのがウラジミール・プーチンである。

 プーチンは、絶大な人気を集め、2017年には支持率が80パーセントを上回った。これは、独裁国の御用メディアによる発表ではなく、ほぼ事実を表しているようだ。この高支持率は、独裁的リーダーである「にもかかわらず」ではなく、そのようなリーダー「だからこそ」と、ゲルファンドは分析している。プーチンの独裁政権のもと、GDPは急増し、失業率は下がった。強権によって、ロシアを混乱状態から救ったわけである。もちろん、強権に伴って、政府批判と人権運動は取り締まられ、メディアは政府寄りのみとなり、政府に批判的だったジャーナリストがかなり殺害されている。ルーズな文化の混乱に辟易したロシア国民は、独裁体制のタイトな文化を選んだわけである。

 ルーズな文化における無秩序と不安は、人々をタイトな文化への選好に向かわせる。エーリッヒ・フロムは、『自由からの逃走』の中で、「個人の生活に意味と秩序を確実に与える思われる政治的機構やシンボルが提供されるならば、どんなイデオロギーや指導者でも喜んで受け入れようとする危険」を述べて、ドイツ国民が第一次世界大戦後の混乱からナチズムを選択したプロセスを記述したが、これは、第一次世界大戦後のドイツだけではなく、人類に普遍的に観察される傾向のようだ。現在のプーチン政権化のロシアが、まさしくその状態であるといえるだろう。

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