日本における論文発表数の減少は、「今後ノーベル賞受賞が減る」などのレベルでは問題視されたことがあるが、メディア上で本質的な議論がなされているのを見ることはほとんどない。医学やコンピュータ科学などの自然科学系のこれらの研究は、人文科学系の研究と比べて、私たちの生活向上に直結しているのではないかと思うのだが、それでも世間で注目されることは少ない。研究の発表から、その成果を人々が享受できるまでに時間がかかるので、発表時点では価値がわからないというのがその理由かもしれない。
私は個人的に、このような研究の発展がストップするのは困る (ガン等の難病の治癒率の向上、温暖化への対処、エネルギー対策のためなど、理由は数え上げればきりがない)。 しかし、仮に日本の研究がこのような発展に貢献することが少ないとしても、世界レベルで研究が進んでいればたいして問題はないとも考えていた。日本人研究者としてのプライドを捨てればそれで済む問題だからである。
しかし、ロシアによるウクライナ侵攻に見られるように、世界の中の専制国家は何をするかわからないということが明白となったこの状況で、日本における自然科学的研究が不活発であるということは、安全保障をはじめとするさまざまな問題が生じてくる可能性がある。専制国家は、現時点で日本人にそれほど深刻な不利益を与えているわけではないが、かろうじてこの現状を維持できているのは、ひとえに、テクノロジーにおいて日本をはじめとする民主主義陣営が専制国家を上回っているからであろう。以前、流血戦を抑止できるのはITを支えるコンピュータ科学であると記したが (関連記事参照)、このIT分野において専制国家を凌駕し続けるためには、コンピュータ科学の研究発展が不可欠である。そしてこの技術を専制国家に盗ませてはいけない。コンピュータ科学に裏打ちされたITは、そのほとんどが軍事に活用できる。「あなたの研究が軍事に使われる」という時代錯誤的な規制をかければ、コンピュータ科学の発展の大きな足かせになるどころか、専制国家を大きく利することになる。
現在、私たちは、米国などの日本以外のさまざまな国々で発展した科学の恩恵を受けている。しかし、恩恵を受けられるのは米国などが民主主義国だからであり、これが専制国家だとすると怖いことになる。直接の侵攻以外にも、恩恵のためにとてつもない特許料が必要だったり、専制国家に従わなければ輸出入をストップされたりとさまざまな被害を受けることになる。日本における自然科学研究の遅滞は、喫緊の問題だろう。
関連記事