前回の投稿で、私の言説を週刊現代の記事で取り上げていただいたことを書いたが、実は、それに載せることができなかった話題もある。この点について、記者の方からお詫びをいただいたが、それは後知恵バイアスと運命の関係についてである。
後知恵バイアスとは、何かが起きた時に、実は予想していなかったにもかかわらず、これは予想できていたことだと思ってしまうバイアスである。このバイアスは、予想外の事象が起きても、無意識のうちに心の中にそれを予想できるような因果関係が形成され、「予想できていなかった」過去を想起できなくなってしまうことによって生ずる。この後知恵バイアスによって、実はかなり運命が変化したにもかかわらず、その変化という結果をあたかも予想できていたかのように思ってしまう可能性が生じてくるわけである。そして、自分で運命を変えたことを気づかずに、「これが運命だった」と思い込んでしまうことになる。
この「運命」という思い込みは直感的で、概して直感的な信念は修正されにくいので、この思い込みも修正されにくい。そうすると、「自分は~のように運命づけられている」と信じ込むと、それが実現する力になる。すでに古典的となっている研究だが、1999年に発表された、マーガレット・シー (Margaret Shih) たちの論文は、興味深い事実を報告している。女性は数学に弱いというのは、真実なのかどうかはまだまだわからないが、多くの人に信じられている。それに加えて米国では、語学のハンディがないためなのか、あるいは民族として得意なのかわからないが、中国人は数学が強く、かつそのようなステレオタイプが共有されている。彼女らの研究から、中国系アメリカ人女性に、女性としてのアイデンティティを強調すると数学の成績が悪くなり、中国人としてのアイデンティティを強調すると良くなるという結果が得られている。つまり、アイデンティティの強調は、「数学が得意という運命」または「不得意という運命」を感じさせることになり、その「運命」を自分でたどることによって、このような結果が得られたのだろう。
逆説的だが、「これが運命だ」と直感的に感ずることが、元々の運命を変えていくことができる最も大きな力のかもしれない。
文献
Shih, M., Pittinsky, T. L., &
Ambady, N. (1999). Stereotype susceptibility: Identity salience and shifts in
quantitative performance. Psychological Science, 10(1), 80-83.
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