先日、心理学の国際誌であるApplied Cognitive
Psychologyに理論論文が採択され、オンラインではすでに掲載されている。 自然科学系の学術誌と比較するとインパクトファクターが見劣りするが、社会科学系の応用論文で、司法判断に貢献できるとして、プレスリリースしていただいた
(ただし、諸般の事情により、大学のウェブサイトからは訪問できなくしている)。以下がその内容で、本ブログでも紹介したい(一部略)。
大阪市立大学 法廷での後知恵バイアスを大学生114名の実験により実証!
大阪市立大学大学院文学研究科の山 祐嗣教授は、しんゆう法律事務所の秋田 真志弁護士・川﨑 拓也弁護士と共同で、「裁判での証言のための後知恵バイアスの検証」の実験成果をまとめました。本研究は、ある水難事故の裁判で山
祐嗣教授が心理学の専門家として証言を求められた際、『裁判において、悲惨な事故等における責任の所在が争点となるときも後知恵バイアスが働き、人々はその事故が予測可能であったと思い込んでしまう』と仮定し、実際の射流洪水の予測可能性の認識における後知恵バイアスを、大学生114名の実験を基に調査研究したものです。
本研究の成果は2021年2月9日に国際学術雑誌「Applied
Cognitive Psychology」へ掲載されました。
~研究者からのコメント~
このほか非常に重要な点は、後知恵バイアスには文化差があり、日本人を含めた東洋人において大きいという事実です。これはすでに私の文化比較研究において明らかにしています。日本の法廷ではとくに後知恵バイアスに用心しなければならないのかもしれません。Yama, H., Manktelow, K. I., Mercier, H., Van der Henst, J-B., Do, K.
S., Kawasaki, Y., & Adachim K. (2010). A cross-cultural study of hindsight
bias and conditional probabilistic reasoning. Thinking and Reasoning, 16,
346-371. doi: 10.1080/13546783.2010.526786
【掲 載 月】2021年2月9日
【発表雑誌】Applied Cognitive
Psychology (IF=1.83)
【論 文 名】Hindsight bias in
judgements of the predictability of flash floods: An experimental study for
testimony at a court trial and legal decision making
【著 者】山 祐嗣、秋田 真志、川﨑 拓也
【掲載URL】http://dx.doi.org/10.1002/acp.3797
<研究の背景>
人間の判断は、多くの認知バイアスの影響を受けやすいものです。意外な結果を知ったときにさえもそれを「予測できていた」と勘違いする後知恵バイアスもその一つです。このような現象はすでに知られていたにもかかわらず、実際の裁判において、後知恵バイアスが起きている可能性があることを示した実験に基づく議論はこれまで全くありませんでした。類似のものとして、あらかじめがん患者のレントゲン写真であるという結果の情報を与えられてから当該写真を観察すると、結節陰影を発見しやすくなるという知覚的後知恵バイアスがありますが、このような研究もまだ系統的には行われていません。
<研究の内容>
本研究は、射流洪水による水難事故に係る裁判で、秋田 真志弁護士から心理学の専門家として証言を依頼された山
祐嗣教授が、その証言の根拠として行った、知覚判断と確率判断の後知恵バイアスの実験に関するものです。実験1では、実際に裁判で証拠となった写真を大学生に見せ、濁りの知覚判断と、射流洪水の確率を求めました。※ここで示されている写真(図1)は、実際に実験で用いられた裁判の証拠としての写真
(公開不可) ではなく、実験前の練習で用いられたものです。
左 図1:実験1で用いたダミー写真
射流洪水情報がない条件とある条件(その情報を知らないと仮定して判断するように求めた)を比較した結果、射流洪水情報がある条件のほうが、濁りが大きく、射流洪水確率が高いと判断され、明確な後知恵バイアスが示されました(図2)。
ただし、濁りと射流洪水の因果関係は、レントゲン写真とガンの関係(がん患者のレントゲン写真には結節陰影がある)ほど人々に知られてはいません。そこで実験2では、実際に射流洪水が起こったという情報の有無以外に、濁りと射流洪水の因果関係を教示するグループとしないグループで比較しました。この因果関係が教示されると、少しの濁りも見逃すまいと知覚が行われたと見られ、因果関係を教示したグループの方がより濁っていると判断しました。
左
図2:濁りの判断 (7段階評定) の結果
この結果は、事故現場の目撃者に証言を求める際、たとえば検事が事故に関する因果関係の教示を行うと、それが誘導尋問になる可能性があることを示唆しています。このようなバイアスは、「結果を知ることによって以前の記憶が書き換えられる」として説明されてきましたが、本研究では、そのような記憶の書き換え理論を、「結果を知ることによって、結果を知らないときにどのように知覚するかを想像できなくなる」という修正した仮説を提唱し、後知恵バイアスの理論的発展にも貢献しました。
<期待される効果>
本研究は、実際の裁判においても後知恵がいかに人々の判断にバイアスをもたらすのかということを示しています。さらに裁判だけではなく、医師や政治家・行政などの判断が評価されるときに、結果による後知恵が影響するということが人々に認識されれば、より適切な評価が可能になると期待されます。