2020年5月17日日曜日

かなりはまる『ダウントン・アビー』 (2)―第一次世界大戦とアイルランド独立

 423日の記事で、英国の歴史ドラマ『ダウントン・アビー』の紹介をした。1912年から始まった物語が、シーズン4が終わった時点で (自宅のアマゾンプライムで見ているので、現在のこの段階を共有できる人はほとんどいないだろうが)1922年に至っている。このドラマの非常に大きな魅力は、当時の歴史的背景あるいは社会的状況の中で、貴族からその使用人、あるいは中産階級の人々や農民に至るまで、彼らがどのように生き抜いたのかということを、登場人物に密着して描いている点であろう。また、それぞれの登場人物が、長所・短所をあわせもち、人間としてのリアリティがあって魅力的なのである。ただ、従者のベイツの裁判や、クローリー家の娘たちの恋愛など、さまざまな出来事があまりにも並列で起きているので、こういうスタイルが嫌いな人には勧められないかもしれない。

 この間の非常に大きな時代背景は、1914年に始まり、1918年に終わった第一次世界大戦である。第一次世界大戦はおそらく日本人には世界史で教えられる以上のなじみはなく、意外に思われるかもしれないが、実は英国人の戦没者数は、第二次世界大戦 (45万人) よりも第一次世界大戦 (100万人) のほうがはるかに多いのである。英国人には、第一次世界大戦といえば、北フランスの塹壕戦が真っ先に思い出され、ここで多くの若者が命を落としている。クローリー家でも、後に長女の夫となるマシューが将校として、使用人のトーマスとウィリアムが兵士として北フランスに出征し、3人とも大きな傷を負って帰国し、ウィリアムはその傷がもとで亡くなった。ドラマでは、凄惨な塹壕戦の様子と、銃後となるダウントンでの生活が非常に巧く描かれている。

 第一次世界大戦は社会に大きな変化をもたらしたようだが、階級意識も徐々に小さくなりはじめている。クローリー家の三女のシビルが、使用人のドライバーであるトム・ブランソンと恋に落ち、伯爵の父親から大反対されながら、駆け落ち同然でアイルランドに行って結婚した。トムは、アイルランド出身の労働者階級の農民で、社会主義者でありアイルランド独立運動に参加していた。この物語は、第一次世界大戦後にオーストリア社会民主党の指導者と結婚した、ハプスブルグ家最後の皇女であるエリーザベト・マリー・ペツネックを彷彿させる。

 アイルランド独立戦争は、第一次世界大戦が終わった後の1919年から始まり、192112月にアイルランドが独立を勝ち取るまで続く。なお、独立戦争は、英・アイルランド合作映画の『麦の穂をゆらす風』(The Wind That Shakes the Barley)に、おそろしくアンチ・イングランドとして描かれている。トムは、独立戦争の引き金の一つである1916年のダブリンでのイースター蜂起で大切な人を失っており、英国に強い恨みを持っていたが、そういう中での駆け落ち結婚だったわけである。独立戦争は、ドラマではほとんど描かれていなかったが、独立戦争のさなかにアイルランドでは命が危ないということでトムとシビルはダウントンに戻ってきた。それを、紆余曲折を経ながら、このカップルを受け入れていったクローリー家の変化に、時代の変化が大きく反映されているようだ。

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