2019年8月3日土曜日

推論研究のゆくえ (3)―London Reasoning Workshop参加記

 718日と19日にロンドンのBirkbeck Collegeで行われた12th London Reasoning Workshopに参加してきた。昨年は行けなかったので、2年ぶりの参加である。このワークショップは、世界のトップクラスの推論研究者が集まり、いくつかのシンポジウムに分けて一人30分ずつの発表が2日間で行われて、非常に中身が濃い。私は、水難事故の予測に後知恵バイアスが影響しているという研究成果を19日に報告した。

 今世紀に入ってから、推論における記述理論と規範理論が、命題論理学から、効用と確率の計算にシフトしている。この理由は2つあり、そもそも人間は命題論理学にそれほど忠実ではないということと、“If p then qの命題論理学に基づく真偽の取り決め自体に問題があるということである。その結果、効用と確率の計算に、推論の規範的合理性を探求する取り組みが行われてきた。もう1つの流れは、スローだが柔軟な情報処理が行われる高容量システムと固定的だがファストな情報処理が行われる低容量システムを仮定する二重過程理論の理論的発展である。

 その結果、ワークショップに参加してみて、現在の研究動向に4つの方向性があるという印象を受けた。まず、効用は、実用的な効用と認識的な効用に分類することができるが、前者は、推論ルールに従ったあるいは違反した場合の損得と直結している。1989年に提唱された、社会的交換において騙し屋に敏感なアルゴリズムが作動するという研究を受け継いでいる。この方向で現在行われ始めているのが、モラル推論・モラル判断の研究である。モラルそのものが規範かどうか、モラルに従ったり違反したりすると、どのような効用が得られるのかという問題に加えて、本ブログ記事でもたびたび扱った、意識的なモラルと無意識的なモラルに二重過程理論を適用した研究が行われている。

 認識的効用は、20年以上前に、ウェイソン選択課題における「カードをめくることによってどの程度の情報が期待できるか」という基準として提唱された。現在では、命題の不確かさや自分の推論の不確かさなどについてのメタ推論研究として発展している。そのために、一部にかなりの数式好きがいるのだが、残念ながら、私はなかなかこの数式好きにはついていけない。

 メンタルモデル理論も発展を続けている。しばらく前にJohnson-Lairdがかなり重い病気と聞いていたが、しっかりと健在であり、自身で発表を行っていた(London Reasoning Workshopでは、どんな「大物」も発表時間は30分である)。現在は、モデルの数と認知負荷の関係よりも、シミュレーションとしてのモデル操作に力点が行われている。そして、前世紀の課題であった、どのようなモデルが優先的に生成されやすいのかという点について、二重過程理論のファスト処理メカニズムが援用されている。

 二重過程理論における現在の最も中心的な課題は、スロー処理がどのようにして喚起されるのかという点である。前世紀では、ファストな処理によってバイアスが生ずるが、スローな処理によって修正可能ということが想定されていたが、では、誰がどのような判断でスローな処理を起動させるのかという問題は残されたままだった。あるいは逆に、ファストな処理によるバイアスが修正されないままだとすると、どのようしてそのバイアスの影響を受けた出力が、直観的に「合理的である」と判断されるのかという問題も生ずる。現在、これらはメタ推論の問題として議論されているが、ファストな処理の出力の中に、論理的直観に従ったものがかなり含まれているという視点が導入されている。これは、進化心理学者がファストな処理は進化の中で淘汰されてきたので当然合理的であるとする主張と矛盾しない。


過去の記事
推論研究のゆくえ (1)―メンタルモデル雑考
推論研究のゆくえ (2)―メンタルモデル vs 新パラダイム

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