プレストンでの滞在を終え、10月9日に、エセックス州のコルチェスターに移動してきた。ここには、2008年度に1年間滞在しているが、私自身はそれ以来の訪問で、いろいろと懐かしい。今回は、エセックス大学のMiroslav Sirota教授にお世話になった。エセックス大学でも私自身の研究成果を発表する場をいただいたが、論文執筆の方向性についてかなり自分の考えをまとめる良い機会になった。
こちらの何名かの教員から、英国の大学で、ここ数年”Publish or Perish”の風潮が非常に強くなったというお話を伺った。テニュアをもっていても、出版物が少ないとかなり突然に解雇されるようだ。このようなケースは日本ではまだまだ少ないし、日本でも研究業績が少ない大学教員は「タダ飯」などの陰口があっても、解雇はめったにない。英国にも、日本と同じように雇用者を守る労働基準法に似たような法律があるはずなのだが、日本の場合は、労働基準法だけでなく、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」という労働契約法に守られているようである。「客観的に合理的」や「社会通念」の基準も、英国とは異なるのだろう。日本では、学部改組等による新学部や新大学創設のときに、教員一人一人に文科省審査があり、それで落ちると学部なら4年間その大学で授業を持つことができなくなるので、非常に居づらくなって辞めるという場合があるが、それ以外だと、辞めるのは不祥事くらいだろう。”Publish or Perish”に、どの程度が適正なのかという問いに正解はないが、多くの英国の教員たちは、現状を行き過ぎと感じているようである。また、ランカシャー大学でもそうだったが、エセックス大学にはドイツ人の教員が多かった。よりハイレベルの研究環境を求めてやってきたというよりは、ドイツの大学教員事情が、英国よりもひどく、そこから逃げるようにしてやってきたということだった。
また、世界全体がSTEM (Science,
Technology, Engineering, and Mathematics) 重視に傾き、論文出版数が比較的少ないいわゆる「文系」の組織がいきなり潰されることもあるようだ。この話を伺ったとき、数年前に、ちょうど私と在席中に、某大学の心理学の教員に学部の縮小の電話がかかってきてパニックになっていたことを思い出した。また、知り合いの認知心理学の教員は、最近、心理学の学部から同じ学内の工学系に異動した。その理由は、心理学の教授定数の削減によるもので、彼の業績が少ないから (彼の業績は世界レベルで多い) ではなく、認知心理学が比較的AIと親和性があるからということのようだった。確かに最近のとくに生成AIの発展や、それらの技術が医療や社会全体を支えていることは理解でき、ここ1か月の間に起きたランサムウエア攻撃への対処などには、STEMの技術は大変重要である。しかし同時に、この10年ほどの間に顕現化した国際的対立・戦争、政治的二極化等の問題を解決するためには、政治学、経済学、歴史学、心理学などの英知が必要であると思うのは私だけだろうか。STEM至上主義へのブレーキも必要だろう。
コルチェスターは、産業革命の中心地の一つだったプレストンと対照的に、英国で産業革命から取り残されたイーストアングリアと呼ばれる地域にあり、農産物が豊富である。ところが、地球温暖化の影響はコルチェスターでは干天として現れ、地下水の減少で地盤沈下している地域もあるというようだ。また、ここの新ジャガはとても美味しいのだが、今年は成りも悪く小さかったとのことである。なお、日本の文化輸出は以前よりはかなり活発だが、写真のように”Three Wise Monkeys”という看板を見つけた (英国のチェーン店である) ときはニヤッと笑ってしまった。同時に、英語だと、「~ざる」のシャレが効いてないのではないかと心配するが、まあそれをあげつらうのはいらぬお節介だろう。

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