だいぶ前になるが、2017年11月19日の記事で、ホモ・サピエンスの出アフリカからオーストラリアへの拡散が、ユーラシア大陸の内部やヨーロッパへの拡散と比較してはるかに迅速で、シーショアエクスプレスと呼ばれているのに対して、それよりもはるかに速かったアメリカ大陸の北から南への拡散がなぜアメリカンエクスプレスと呼ばれていないのかという小論を書いた。
シーショアエクスプレスは、比較的安全で食糧も豊富な海岸沿いの拡散で、それでも少なくとも1万年以上を要している。しかし、アメリカ大陸の場合は、コロンビア氷床を超えてわずか約千年で南アフリカの南端にたどり着いている。このアメリカ大陸での拡散には呼び名がないと思っていたのは完全に私の知識不足で、エクスプレスどころか、ブリッツクリーク (電撃戦) と古生物学者のポール・マーティンに命名されているようだ。ブリッツクリークとは、ナチスドイツが第二次世界大戦においてポーランド侵攻やフランス侵攻に用いた機械化された戦闘部隊による作戦で、航空部隊による支援との連繋下で戦車などの機甲部隊を進めるという戦術である。侵攻が電撃のように強烈で迅速ということでこの名がついた。アメリカ大陸における拡散は、エクスプレスよりもその比喩が適切というわけだ。
概して、南北の移動は異なる気候帯を通り抜ける必要があるので東西の移動よりも年月を要するはずである。それにもかかわらず、コロンビア氷床を抜けた地点 (今のカナダ) から南米の端までの南北の移動にわずか千年というのは、あまりにも速い。このブリッツクリークとまで呼ばれる快進撃を支えたのは、当時の最新のテクノロジーや武器を備えたクローヴィス文化の狩猟民だが、さらに南北アメリカ大陸は、人間を怖がらない大型哺乳類の宝庫だったようだ。人間を見たことがないので、人間に対する恐怖心が小さく、狩猟が極めて容易だったのである。この豊富な動物性たんぱく質が人口増を促し、人口が増えれば新たな土地へ移住する。この移住先でも、ライバルとなる他部族もいないのでさらに豊富な獲物が期待できるとなれば、拡散が促進されるのは当然なのだろう。
また、考古学的資料として、この拡散の時期に、南北アメリカ大陸で多くの大型哺乳類が絶滅している。これらの絶滅が、ホモ・サピエンスの拡散によるものなのかどうかについては、まだ完全に断定できるわけではないようだが、マンモス、マストドン、巨大ナマケモノ、巨大アルマジロ、巨大ビーバー、ラクダなどが次々に絶滅し、バイソンやシカ、アザラシなどの個体数も激減した。そして、食物連鎖の頂点にいたサーベルタイガーもそれに伴って絶滅している。この多くの大型哺乳類の絶滅を伴った拡散の異常な速さが、ブリッツクリークと呼ばれたゆえんである。
関連記事