2022年1月20日木曜日

『善と悪のパラドックス―人の進化と自己家畜化の歴史』を読む (1)―家畜化の特徴

  これまで、ヒトにおける暴力や殺人がどのように歴史的に減少してきたのかを、二重過程理論における熟慮的システムによる攻撃性の制御として、私自身、いろいろと書いたり話したりしてきた。しかし、ヒトの進化レベルでの攻撃性の減少についての知識は空白のままだったので、リチャード・ランガムの原著 (The goodness paradox) の日本語訳が出版されたのを幸い読んでみることにした。

 ヒトは、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジなどを家畜化してきたが、ヒトの攻撃性の減少に至る進化は、自己家畜化と呼ばれている。ヒトの進化における大きな特徴は、反応的攻撃の低下である。反応的攻撃は、能動的攻撃と区別され、挑発などへの反応としての攻撃で、衝動的である。一方、能動的攻撃は、計画された熟慮的な攻撃であって、家畜化によって抑制されるわけではない。反応的攻撃は、どちらかというと防御的で、多くの動物にも見られるが、ヒトの場合は、たとえばカッとなって殺人を犯してしまうような例があてはまり、感情を抑制する前頭前皮質の活動が不活発であることが一因である。一方、能動的攻撃は、たとえばネコ科の動物の狩猟があてはまる。この場合、獲物あるいは犠牲者への感情移入は起こらず、行動の後悔もない。ヒトでは、能動的攻撃を抑制する扁桃体の不活発がみられるサイコパスの攻撃が代表的な例になる。この攻撃性は進化的に抑制されず、ヒトにおいては、大規模な戦争やジェノサイド、計画的殺人として残っているというわけだ。

 家畜化についてのよく知られた実証的研究は、1950年代に行われたベリャーエフのものである。毛皮になるギンギツネの養殖で、おとなしい個体を掛け合わせ続けると、3035世代で、7080パーセントが従順になるという結果が知られている。また、おとなしくなると、星形変異と呼ばれる白いぶちが現れるのだが、これは神経堤細胞と呼ばれる細胞群の遊走パターンの変化によると推定されている。家畜化で遊走が止まると、メラニン色素を作らなくなって白いぶちが現れるようだ。

 自己家畜化によって、ヒトは、ペドモルフォーシス (幼形進化) と呼ばれる進化をたどってきた。これは、恐怖に対する反応が強くなる年齢の遅れ、遊び好き、学習の測度・効率の上昇を伴っている。さらに、協調的コミュニケーションに優れるようになるが、これはイヌやネコにも見られている。たとえば、 イヌはヒトの指差しをある程度理解でき、協調的コミュニケーションが可能である。ところが、イヌよりもはるかにヒトに近いはずのチンパンジーにはこの理解ができない。つまり、ヒトとの協調的コミュニケーションが可能かどうかは、ヒトに近い知能を持っているか否かよりも、家畜化によるペドモルフォーシスが重要というわけだ。

 以前の記事で、中央アジアにいたウマはヒトに馴れるが、アフリカのシマウマは絶対に人間に馴れないという理由を知りたいと述べた。つまり、「人間に馴れる」とはどういうことなのかを知りたかったのだが、本書はそれに現時点での研究成果による回答を与えてくれている。

 

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