2021年9月4日土曜日

村越茂助を思い出させた菅義偉氏―馬鹿がよい。とくに愚直なものがよい

  一昔前、日本人のリーダーには「説明責任」が欠如していると良く言われていたのに対し、最近の政治家やリーダーと呼ばれる人たちは、以前よりはだいぶましになったと個人的に考えていた。中には、どこからこんな説明が湧くのかと理解不能な鳩山由紀夫氏のような総理大臣もいたが、それでも小泉純一郎氏以来、日本のリーダーが説明責任という点で変化したという印象は強かった。しかし、菅義偉氏は、久しぶりに説明責任が欠如した総理大臣だったなとつくづく思う。ボキャ貧のためなのか、意見というものがないのか、あるいは支持勢力への忖度から言いたいことが言えなかったのかはわからないが、一気に前世紀に舞い戻ったように思えた。日本学術会議の新会員候補の任命拒否理由についても、新型コロナウイルスの感染拡大のリスクの東京オリンピックの強行理由についても、説明らしい説明はほとんどなかったように思う。

 菅義偉氏は、安倍内閣では名官房長官だったのではないかと思う。内閣の方向性自体については私のような素人には評価しかねる点もあるが、ブレないという印象は強かった。官房長官ならそれでも良かったのかもしれないが、総理大臣はやはり説明責任を伴うことが必要である。

 この菅義偉氏から連想される人物が、村越茂助(直吉)である。茂助は、関ヶ原の直前の、清州城で福島正則や黒田長政ら豊臣恩顧の諸将が江戸の家康の出陣を待っているという状況で、家康から清州に遣わされた使者である。福島正則や黒田長政が豊臣恩顧ということで、いつ裏切られるかわからないという状態で、家康は、あれこれ思案するよりも愚直に家康自身の言葉を伝えることができる使者として村越茂助を選んだのである。豊臣諸将は、家康はなぜ出陣しないのかと茂助に詰め寄ると、茂助は、家康が豊臣諸将にまだ懐疑的であり、石田方を攻撃しなければ信用して出陣できないという家康の懸念を伝えたのである。これは本来なら豊臣恩顧の諸将の怒りを買ってもおかしくない発言だったが、福島らは家康に信頼してもらうために、石田方が押さえていた美濃国への進撃を開始したという。

 どこまでが史実なのか私自身は知らないが、家康は、この危険なメッセージを伝えるために、余計な知恵をめぐらすような人物ではむしろ危ないと考えたようだ。豊臣諸将に気を遣っていては仮に石田に勝ったとしても自分が絶対的なリーダーになるのは困難である。少々リスクがあっても、これを正確に伝えてくれる使者が望ましかったわけである。司馬遼太郎の『関ケ原』では、家康は、使者の選考にあたって、

 「馬鹿がよい。とくに愚直なものがよい」

というセリフを本田正信に投げかけている。菅義偉氏も、官房長官ときは村越茂助で十分だった。しかし、自分がリーダーとなったときは、説明なきブレのなさは、国民に大きな不安とフラストレーションを与えるだけだった。

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