2021年7月2日金曜日

科学基礎論学会奮戦記―「思考の文化差—地勢的・生態的要因から文化多様性を考える」

  そもそも会員でもない私がなぜ科学基礎論学会に出席したのかというと、大会委員長の佐金先生に講演を依頼されたからである。この学会は、学際的で他領域に開かれていることを実感したのだが、毎年主催校の他領域の研究者が講演を行うというルールがあるようだ。私が現時点で発表できるテーマは、「文化多様性をどのように説明するのか」と「理性が野生をどのように飼いならすか」だったが、学会の主要メンバーの先生から前者が良いとのことで、「思考の文化差―地勢的・生態的要因から文化多様性を考える」というタイトルでお話しさせていただいた。

 講演のベースは2019年に発表した論文(Yama & Zakaria, 2019)である。この論文では、東洋人の矛盾を受け入れやすいという弁証法的思考傾向・素朴弁証法的な世界観が、西洋人と比較して東洋人のほうがコミュニケーション時に暗黙の了解や常識(コンテクスト)により依存するとするエドワード・ホールの主張 (西洋人の低コンテクスト文化・東洋人の高コンテクスト文化) を根拠にして、少々の矛盾はコンテクストによって解決できるという規範が東洋人に共有されているとして説明されている。

 ただし、本講演のハイライトは、この説明を地勢的・生態的要因に結びつけていくという点である。この試みは、Yama & Zakaria (2019)の論文でも展開されているが、この講演ではそれをもう少し体系化した。比較文化研究においても、生態的要因によって文化差を説明しようとするものがあるが、主として稲作などの生業レベルの「生態」が用いられている。私は、低コンテクスト文化が形成されやすい要因として異文化交流があるとし (異文化交流では、話し手と聞き手でコンテクストを共有しにくいからである)、そして異文化交流の生態的源泉は、異文化交易の利得が大きな状況、すなわちたとえば黒曜石のようなリソースの偏在と、そのような交易を可能にする河川やウマ・ラクダなどの手段の存在という地勢的・生態的要因にあるとした。

 この発想の原点は、ジャレド・ダイアモンドによる『銃・病原菌・鉄』の中で貫かれている「民族の優劣といった概念に頼らずに、地勢的・生態的要因によって世界の文明的発展の不均衡を説明する」という姿勢である。私も、文化多様性が生まれる中で、遺伝子頻度による説明は不要とまでは言わないが、この姿勢は見習いたいと思っている。さらに、この説明は、私たちの祖先が67万年前にアフリカを出て世界中に散りながらそこで独自の文化を築き上げたというビッグ・ヒストリーにも貢献できると考えている。私に『銃・病原菌・鉄』のような書籍が書けるのはいつになるかわからない。しかし、細々とでも良いので一歩一歩目標に近づきたいと願っている。

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