2019年10月13日日曜日

台湾紀行(2)―台湾先住民パイワン族の村を訪問

 台南滞在中に、台南から比較的アクセスが容易な先住少数民族の村である三地門 (サンティーメン) に連れて行ってもらった。ここはパイワン族の村で、彼らは自分たちの文化を守りながら、主として農業、観光、ビーズなどの伝統的装飾品を作成するなどして暮らしている。パイワン族は台湾の先住民の中ではアミ族についで人口が多いとはいえ、先住民の人口自体が台湾のわずか2パーセントで、パイワン族は10万人くらいのようだ。台湾島の最南端の山岳地帯に居住している。

 台湾先住民については以前から興味があった。約40006000年前に、台湾でタロイモ栽培などの農業革命を起こした人々が、フィリピンやニューギニア渡り、その後太平洋の島々に拡散していったと推定され、彼らは台湾に残った人々とルーツを共有しているからである。

 また太平洋の人々の言語はオーストロネシア語族だが、台湾がその源郷である。パイワン族の言語も、オーストロネシア語族に含まれる。さらに、太平洋の島々に伝わる神話には先祖が動物であったものが多いようだが、パイワン族は、台湾の毒蛇である百歩蛇 (かまれると百歩歩かないうちに死ぬということで命名された) を自分たちの先祖とし、決して殺さないようである。写真のように、住居のモチーフとしても用いている。
 ただし、先住民の部族同士では歴史的にはあまり血縁交流はなかったようで、16あるといわれる部族の間での文化的伝習にはかなり違いが見られる。また、たとえば、母系から伝わるミトコンドリアDNAのハプログループの分布も、部族によってかなり異なるようだ。国立科学博物館の篠田謙一氏の論文によれば (彼自身の調査によるものではないが)、アミ族では環太平洋に広がるハプログループB4が多いのに対し、パイワン族では東南アジアに広がるハプログループF3が多いようである。ただし、男系のY染色体については東南アジアや太平洋島嶼部に多いハプログループO1aが先住民全体の多数を占め、男性は部族間を移動するのかもしれないが、女性は自分の部族に留まるということが言えそうだ。

 人々の暮らしは豊かではなさそうである。ところが実は、三地門よりさらに山中に分け入ったところにルカイ族が暮らす霧台 (ウータイ) という村があるのだが、概してルカイ族のほうがパイワン族より豊かであるらしい。高地に追いやられたルカイ族の人々は、農地がほとんどなく貧しかったが、近代化に伴って豊かになるには教育しかないということで、教育に力を入れ始めたことが理由のようだ。なお、現総統の蔡英文氏は祖母がパイワン族のようである。観光産業が主たる現金収入という先住民たちも、教育は豊かさの大きな力になっているようだ。


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