ネガティヴな例として、独裁者の裸の王様状態がある。人々に憎悪されているにもかかわらず、その権力維持を可能にするのも共同幻想である。心理学では,多元的無知とも呼ばれるが、これは、集団の多くの成員が,自らは制度に疑問を持っているにもかかわらず、自分以外の他の成員のほとんどがその制度を肯定的に評価していると信じている状態を意味している。つまり、個々の人々は独裁者を憎悪しているのだが、自分以外の人々が独裁者を尊敬していると信じてしまうと、独裁者打倒に踏み切ることができないわけである。
しかし、歴史の中で、この共同幻想が崩壊したり、あるいは人々が多元的無知から解放されたりしたときに、革命が起きる。その代表的な例が、ルーマニアの独裁者であったニコラエ・チャウシェスクが処刑されたルーマニア革命だろう。この共同幻想崩壊の瞬間を、ユーチューブで見ることができる。この「Nicolae Ceausescu LAST SPEECH」は、1989年12月21日のブカレストにおけるチャウシェスクの演説である。チャウシェスクが広場を埋め尽くした聴衆に向かって演説をするが、当初は彼を賛美する声だったのが、途中、2分40秒あたりから野次・非難の声が起き始めて、その後、右往左往する姿が映し出されている。聴衆の「ティミショアラ!」という叫びも聞こえてくる。この直前の12月16日にティミショアラ蜂起があったのだが、チャウシェスクは、国民を落ち着かせることを目的として、彼を賛美している人たちがたくさんいるということを示すために、この演説を国営放送で放映したのである。それで幸いに記録が残っているのだが、この演説に対する人々の反応がルーマニアの全国民に知れ渡ってしまって、チャウシェスクが尊敬されているとする共同幻想が崩れたのである。つまり、彼の戦略は、完全に裏目になったわけだ。そのわずか4日後の12月25日、彼は妻のエレナとともに銃殺刑に処せられている。