これまでの私の授業や講演等において比較文化の話をさせていただいたとき、文化差を説明するものとして、遺伝子頻度の差異、文化的伝統の差異、地勢・気候・生態学上の差異が考えられると述べてきた。しかし、私の専門領域である知性、推論、思考のスタイルの文化差については、遺伝子頻度の差異による説明はほとんどありえないと説いてきた。そうすると、必ず出てくる質問・疑問は、世界の人々は民族によって髪や目、皮膚の色などこれだけ遺伝子によって異なるのに、なぜ知性や推論・思考を支える脳の遺伝子の差異はありえないのかというものである。
形質の民族差について考えられる仮説に、ホモ・サピエンスが地球上のさまざまな土地に拡散していく過程で、ある遺伝子集団で、特定の特徴をもつごく一部の人たちだけが生き延びるようなボトルネック的淘汰があったという説明がある。たとえば、太平洋の島嶼部に住む人々は比較太っている。島嶼部へのホモ・サピエンスの拡散の歴史は比較的新しいが、それでも島にたどり着くまで、あるいはたどり着いてから生存するのに過酷な飢餓があり、皮下脂肪をためやすいごく一部の人が生き延びたというように説明できる。一方、知性、推論、思考のスタイルの文化差については、6~7万年の拡散の歴史の中で、特定の知性あるいは特定の思考スタイルをもった少数の人たちだけが生き延びたということはほとんど考えられないので、遺伝子頻度の差ではないというのが説明である。
同じように、ヨーロッパ人が白いという理由は次のように説明できる。アフリカで進化したホモ・サピエンスは黒かったのだが、氷河期のヨーロッパに移住していく中で、弱い日光の下で皮膚が黒いとビタミンD不足等が起きて、生殖年齢まで生存することができない。そうした環境で、皮膚が白いごく一部の人だけが生き延びて、現代のヨーロッパ人ができあがったというわけである。
しかし、ヨーロッパ人の肌の色について、突然変異と自然選択でかくも短期間で急激に変化したのだろうかという疑問は常にあった。変化が、性選択によって加速されている可能性 (つまり、肌の白さは、皮膚病がないことを示す特徴として、異性にモテて子孫を残しやすかったということ) は高いが、それでも限界があろう。それで、DNA研究で最近明らかになってきたことが、色が白かったネアンデルタールとの交配である。この点についての10年程前の議論では、交配は否定できないが、そこで生まれた子どもはどちらのグループにも属さないとして、子孫を残すチャンスはほとんどなかっただろうというのが暫定の結論だったと思う。しかし、5月13日のHNKスペシャルによれば、現在、アフリカ以南に住む人々以外、数パーセントの遺伝子がネアンデルタール由来であることがわかっているようだ。番組では、ヨーロッパ人の肌の色については触れられていなかったが、どうやら肌の色の遺伝子は突然変異というよりは、ネアンデルタールからもらったものが関与している可能性が高そうである。ここ10年来の個人的な疑問にちょっと答えが見つかったかもしれない。
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