2018年2月22日木曜日

卒業論文の意義 (1)―企業において役立つことは理解されにくい


 日本心理学会の教育研究委員を何年間かさせていただいたが、その成果の一端ともいえる『心理学って何だろうか?―四千人の調査から見える期待と現実』が、楠見孝先生の編集で出版された。この本は、委員会による何年間かの調査に基づいたものだが、私は主として、大学の心理学教育においてどのような授業が重要と考えられているかという視点で調査を担当した。そして、本書の中の一つの章の中で、調査結果と私の私見を披露している。

 本書の私の章で主張したことは、卒業論文の意義である。これは、私が前任校に在職していたときから引き継いでいる、指導者側としての問題なのである。私の中では、卒業論文はものすごく重要で、これまで自分を最も成長させてくれた体験だと思っている。ただし、その結果、私は研究者の道を進み、現在、それで給料を得ている身なので、「だから卒業論文は重要ですよ」と主張しても説得力はない。おそらく、多くの方々には、研究者育成という点で卒業研究は重要なのはわかるが、研究者にならない人にはどんな意義があるのだろうかという疑問が残るだろう。 

 一般的に、企業からは、卒業研究の教育的意義は理解されていない。1997年の就職協定廃止後、就職活動によって大学4年生時の教育に大きく差し障りが生じるようになり、それによって卒論研究に大きな支障が生ずるという事態に陥った。しかし、これに危機感を感じて声をあげたのは、企業側ではなく、大学側であった。2008年に、国立大学協会は、公立大学協会、日本私立大学団体連合とともに、日本経済団体連合会に、この改善を求めて要望書を提出している。

 企業側からは、卒業論文作成によって、発表のためのプレゼンテーションスキルや議論のためのコミュニケーションスキルが養われることは理解されている。しかし、それ以上本気に卒論に取り組んでもらっても、使いにくい専門バカになるだけという考えの持ち主は多い。とくに学会発表や学術雑誌に投稿できる本格的な研究としての卒業研究では、本人以外の日本人が誰も読まないような論文を読んで参考にすることもあり、そんな論文を読むような研究をして何の役に立つのかと思われるのも無理はないかもしれない。

 しかし、卒業論文は、もし真剣に研究として取り組まれていれば、決して特殊な狭い領域の知識だけが増えるというものではない。科学論文としての実証的心理学研究についていえば、先行研究を読んでその中から問題を発見する洞察力、その問題をどのように解決するのかという発想力、地道な調査や実験をこなす企画力、結果をどのように解釈するかという分析力が問われるのである。そしてそれを論文にまとめ上げるときは、構成力や文章力が鍛えられる。おそらく長い目で見れば、論文作成によって涵養された能力やスキルは、すぐには役には立たなくても、その企業の将来の発展に十二分に貢献するのではないかと思う。ただし、残念ながらこれを実証するのは難しい。

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