2024年のノーベル経済学賞は、ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、ジェームズ・ロビンソンだったが、このうちアセモグルとロビンソンによって執筆された『国家はなぜ衰退するのか』について、簡単に感想を述べてみたい。この著作に出会うまでは、私は、『銃・病原菌・鉄』の筆者であるジャレド・ダイアモンド教の信者のようになっていて、地勢的・生態学的要因で文化的多様性を説明するというアプローチに魅了されていた。民族の優劣という概念を用いることなく、文明の発展の不均衡を説明できるからである。
しかし残念ながら、現代の国家の繁栄の不均衡には、ダイアモンドのアプローチも、文化や識字率などで説明するアプローチもあまり適してはいない。とくに、1500年以降の不均衡については、もともとは地勢的・生態学的要因の影響があったかもしれないが、それによって形成された制度 (institution) がかなり独り歩きをして影響を与えているからである。たとえば、北朝鮮と韓国を比較してみよう。韓国と北朝鮮は、地勢的・生態学的にも似ているし、どちらも東洋の儒教文化の影響を色濃く受けており、また識字率も100パーセント近い。しかし1人当たりのGDPは、韓国は北朝鮮の10倍以上という開きがある。この理由は、誰の目にも明らかだが、政治制度の違いである。
それでは、民主的あるいは資本主義的な政治制度が、専制的政治制度と比較して国家的繁栄をもたらすのかといえば、そんな単純なわけではない。重要な点は、政治制度が収奪的か否かである。つまり、富が一部の政治権力によって独占され、人々の経済活動が制限されると国は豊かになれない。もちろん、概して民主的な政治制度は収奪的ではなく、専制的な政治制度は収奪的である。実際、北朝鮮は韓国と比較すると、専制的であるだけではなく圧倒的に収奪的なのである。ただし、専制的ではなくても、法が守られず財産権が不安定な場合は経済活動への基本的インセンティヴが生まれにくくなり、収奪的になる。収奪的な政治制度下では、多くの国が貧しい。また歴史的にみても、たとえば繁栄を極めたローマが没落した理由は帝政になって収奪的な政治制度が確立したためであると推定される。大航海時代の先陣を切ったスペインも、帝国の収奪的制度によって後発のオランダと比較して発展しなかった。
ただし、収奪的政治制度での成長も不可能ではない。独裁者の利益と産業の発展が一致すれば、国はある程度豊かになる。スターリンによるソビエト連邦の経済成長や、朴正煕による韓国の工業化がその代表的な例だろう。このような発展は、独裁者と周囲のリーダーが優秀で、地位を脅かすライバルがいないところで可能である。地位を脅かすライバルが多いとシエラレオネのようなケースになる。シエラレオネは、比較的貧しいアフリカの国の中で特に貧しいが、かつて小さな王国の乱立時代に、他勢力を益するという理由でその地方のせっかく建設された鉄道が廃止されたりしたことがあった。これでは豊かになりえない。なお、韓国はその後の民主化によって、工業化をベースとして益々豊かな国になっていったが、民主的とは程遠かったソビエト連邦は崩壊してしまった。
また、本書は、政治社会学の古典的理論であるリプセットの近代化理論に異を唱えている。リプセットによれば、すべての社会は成長とともに近代化、民主化へと向かうとされる。これにしたがえば、ある程度豊かになった中国は民主化向かうはずだったがそうならなかった。豊かさが民主主義を生むのではなく、収奪的政治制度を持たない民主主義が豊かさをもたらすのである。