2024年6月22日土曜日

10th International Conference on Thinking (1)―全体的印象

  2024610-12日にミラノのビコッカ大学で10th International Conference on Thinkingが開催されたので行ってきた。この国際学会は、4年に1度、ちょうどオリンピックイヤーに開催され、世界の思考心理学のトップが集まるので、思考研究の最新のトレンドを知るためにありがたい学会である。元々は、英国のウェイソン選択課題で知られているPeter Wasonとその弟子たちが始めた学会で、私は、2000年にダラム大学で開催されたときに初めて発表した。そのあとは皆勤である、私を育ててくれた国際学会であるといえる。特に前回のパリでの大会はすべて遠隔となり、今回、8年ぶりに顔を合わせた人もいた。

 今大会の特徴は、神経科学系の発表が少なかったことである。2012年のロンドン、2016年のブラウン大学のときは、ニューロイメージングの発展に伴って、たとえばベイズ推論などの思考のミクロプロセスと脳機能部位との対応などの研究発表が多かったが、今大会では非常に少なかった。神経科学者にそっぽを向かれたのか、神経科学的還元主義では思考の本質にたどり着けないということなのか、その理由はわからない。

 個人発表、シンポジウム、キーノートも含めて、印象に残ったテーマは、フェイクニュースや陰謀論、地球温暖化および二重過程理論の深化と発展である。フェイクニュースと陰謀論、地球温暖化はこれまで思考研究の重要な領域の1つであるクリティカルシンキングのトピックとして扱われてきたが、ここへ来て、政治的分断の要因としてあるいは地球規模の危機として重視されるようになった。とくにトランプ現象に端を発するフェイクニュースと陰謀論が政治的分断に使用されている現実が、米国だけではなく、世界のいたるところで見られるようになったということで、実用的な研究として要請されている。これらのテーマは直感的システムと内省的システムを想定する二重過程理論によって主に扱われているが、つまり、フェイクニュースや陰謀論をなぜ直感的システムは信じてしまうのかという問題と、それを内省的システムがなぜ制御的ないのかという問題が議論されているわけである。

 二重過程理論の深化的発展にも興味深いものがある。二重過程理論では、かつては「人間は、こんなことを無意識で行っている」ということが議論の中心だったが、近年は、なぜ非合理的な信念を直感的システムが信じてしまいかつそれが確信を伴っているのか、内省的システムが直感的システムをどの程度制御可能なのか、さらには、内省的システムはどのようにして起動されるのかという問題が議論されるようになった。これらの問題を扱うキーとなる概念が、FOR (feeling of rightness 正解感) とメタ推理である。つまり、直感的システムによる解はそもそもFORを伴いやすい (直感的システムも脳の進化の産物である。実は概して合理的である)。そこになんらかの矛盾等をメタ推理が検出すると、内省的システムが起動しやすくなるというわけだ。

 思考研究は今後どのような方向に向かうのだろうか。近年瞠目すべきスピードで発展するChatGPTに代表されるAIとの付き合い方についての発表が散見されたが、今後10年の間にChatGPTとヒトの違いなどの研究が急増するのではないかと思う。

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