2022年11月1日火曜日

公明新聞書評―『人はどこまで合理的か』

  1031日付の公明新聞の「読書」欄に、スティーヴン・ピンカーの『人はどこまで合理的か』の書評を執筆した。こちらで掲載の許可もいただいたので、下記に全文を公開したい。

 スティーヴン・ピンカーの著作は、『言語を生み出す本能』などの認知心理学的・進化心理学的視点からの言語獲得についてのものから始まったが、その後は『暴力の人類史』や『21世紀の啓蒙』など、人類史的視野に立脚するものが目立っていた。そのような経緯を経て、再度人間の認識に焦点を移して書かれたのが『人はどこまで合理的か』である。本書の内容は、前半は思考心理学の教科書のようで、ピンカーの著作にしては地味な印象かもしれない。しかし、社会との関連の合理性についての最新の知見が数多く加えられていて、合理性が人間の頭の中の活動だけで語られていた一昔前の出版物と比較すると隔世の感がある。

 現在の認知心理学における人間の合理性についての議論では、高容量の新皮質に支えられた内省的システムと進化的に古いとされる直感的システムが想定される。この枠組みで、①内省的システムは直感的システムの非合理性をどの程度制御できるのか、②直感的システムといえども進化的には合理的なのではないか、③論理学などの規範システムは合理的といえるのか、などのリサーチクエスチョンが投げかけられる。ただし、ピンカーをはじめとする進化心理学者は、内省的システムと直感的システムの区別をあまり好まないので、本書では、①の視点ではあまり論じられてはいない。その代わり、②について、さまざまな認知バイアスが進化的にはある程度は合理的であることを指摘し、また従来、合理性基準の枠外であった感情や宗教などの合理性を進化的合理性の視点から十二分に論じている。③について、たとえば「共有地の悲劇」などの、社会とのかかわりの中から目指すべき合理性の規範が模索されている。

 合理性研究における近年の研究材料に、陰謀論や動機づけられた推論、マイサイドバイアスなどがある。これまでは内省的システムはバイアスの制御に使用されているといわれていたが、自分の欲求や選好のために使用されるということが近年指摘されている。たとえば、内省的システムを使う人ほど二酸化炭素が地球温暖化の原因であると推論するが、トランプ支持者は内省的システムをその否定のために使用することが示されていて、動機づけられた推論の代表とされる。これらを、本書では推論能力が議論に勝つために進化した結果の産物とし、関連する「わら人形論法」や「ホワットアバウト論法」、「連座の誤謬」等も紹介している。「連座の誤謬」の代表例は、「○○はナチスが行ったことだから (ナチスと連座しているから)」と主張して○○を非難するものである。オリンピックの聖火を「ナチスが始めた」として非難する論法があったことを思い起こさせる。

 そしてピンカーは、合理性等を支配階級の特権を正当化する社会的構築物として正当に評価しないポストモダニスト等への批判として、合理性は、人類の物質的進歩や道徳的進歩に貢献するとして本書を締めくくっている。

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