“The Great Leveler”が出版されたのが2017年、邦訳の『暴力と不平等の人類史』が出版されたのが2019年である。この書の中で、平等を引き起こす要因の一つに「疫病」が挙げられているが、その直後にCOVID-19のパンデミックが起きたというのは、なんという偶然かと思う。
疫病から平等化が見られた例としてもっとも知られているのは、14世紀から15世紀にかけてのヨーロッパにおける腺ペストの流行だろう。この時期にヨーロッパの人口が3分の2程度に減少したと推定されている。一般に、産業革命以前は、食糧生産が増えてもすぐに人口の増加がそれを上回り、一人当たりの豊かさは増えないというマルサスの罠が常に待ち構えていた。しかしヨーロッパのこの腺ペスト禍の直後は、人口の激減もあって一時的にマルサスの罠から抜け出すことができたようだ。
革命や戦争、国家や制度の崩壊による平等化は、富裕者が所有していた余剰の富が消失することによる平等化で、個々の豊かさにはあまり寄与していない。しかし、人口の3分の1が減少するというこのヨーロッパの腺ペストパンデミックでは、明確に個々人が裕福になっている。人口の減少が他と比較にならないくらい激しかったからである。
さらに、単に一人一人が豊かになっただけではなく、平等にもなった。この理由は、人口の減少によって、土地の価値と比較して労働力の価値が相対的に上昇したからである。つまり、広い土地があっても、人口減によって労働力が全体的に低下すると、個々の労働者の価値が押し上げられ、土地所有の富裕層と労働者との間の不平等が小さくなるわけである。さらに、都市労働者の賃金も上がるので調度品などの価格も上昇し、最終的には土地と家屋以外のすべての価格が上がって、一時的ではあるが、豊かで比較的平等な社会が達成されたわけである。
ただし、疫病による人口の急激な減少が必ずしもこのような豊かさと平等化に結びつくわけではない。西欧では農奴制が全滅したのに対し、東欧では労働者の引き抜き防止のためにペスト後の農奴制はむしろ強化され、不平等は却って固定化したようだ。また、16世紀のメキシコでは、ヨーロッパからの疫病で、免疫がなかった先住民の命が大量に失われている。しかし、人口減少に直面したスペイン側が労働力を確保するための強制的な制度を作ったため、先住民は豊かにもなれず、もちろん平等とは程遠い状態が続いた。
COVID-19によって、幸い一人当たりの豊かさが増すような人口減はない。しかし、過去の歴史から、豊かさや平等に結びつくのは、疫病あるいはそれによる人口減というよりも、そこでどのような制度がつくられたのかという要因が大きいように思える。私たちはそのような制度をつくっていくことができるのだろうか。少なくとも、これまでの医療制度や産業構造の変革の契機にはなるだろうし、遠隔やオンラインの手段は驚くほど発展してかつ多くの人々が使用できるようになった。終息後は、何かの変化を期待したい。
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