2021年5月10日月曜日

『暴力と不平等の人類史』(The Great Leveler)を読む(1)―戦争・革命・崩壊

  Walter SheidelThe great levelerが幸い日本語訳されたので読んでみた。本書が素晴らしいなと思うのは、進化理論を視点にいれて、そこから農耕の開始、古代ローマや古代中国における様々な記録を網羅して、近代に至る経済的不平等をビッグ・ヒストリー的に論じている点である。内容的にも物理的にもかなり分厚く、近年の世界における経済的不平等の微増を、右傾化とか分断社会という安易な至近要因で説明するのではなく、「戦争」、「革命」、国家や制度の「崩壊」、および「疫病」という四騎士による、不平等を軽減させるメカニズムを、膨大な資料とともに解説している。

 ホモ・サピエンスは、社会的哺乳類として進化している。社会的哺乳類では、チンパンジーやニホンザルに見られるように順位制を持つものが多い。個人的には、この順位制と人類における経済的不平等との関係を知りたいが、歴史的には断絶があるようだ。というのは、人類における本格的な経済的不平等は農耕の開始によって生産に余剰が生ずるようになったからで、この余剰をどれだけ蓄えることができるのかが現代の不平等に結びついている。農耕以前の状態は、現代の狩猟採集民の生活からうかがい知れるが、意外と平等規範は強いようだ。狩猟採集民の世界は、戦闘における強さや狩猟の上手さが不平等に結びつくようにも思われるが、狩猟名人が得た大きな獲物も、人々の間で平等に分けないといけない。

 経済的不平等には厳密には生産手段と蓄財の2種類あるが、本書で用いられている指標には大きな区別はない。所得の差の大きさを表すジニ係数が計算されたり、上位何パーセントがその国のどのくらいの資産を所有しているかなどの推定値が用いられたりしている。Scheidelは、このようなデータを駆使して、平等への最も大きな要因である四騎士のそれぞれについて、どのようにして不平等が軽減されるのかを議論している。

 一般的に言えることは、安定した社会ができると、少しずつ不平等が増していくということである。経済成長があっても、利益は教育などによってそれを得る手段を獲得した人たちに流れ、その流れが固定化してくるからである。それを破壊に導くのが、「戦争」、「革命」、「崩壊」、および「疫病」である。このうち、疫病は偶然性が高いが、残りの三者は、この不平等の増大によって社会に不満が増大したり、社会の制度疲労が起きたりしたときに起きやすい。ただし、不平等を軽減するといっても、その多くの場合は、富を多く持つ人々の余剰的な部分が失われることによる平等化で、社会全体としては貧しくなることが多いようだ。少なくとも「戦争」と「崩壊」は人類にとっては悲劇なので当然である。「革命」は、その例外ではないかと思われるが、近代への民主主義への最も大きな入り口の一つであるフランス革命でさえも、やはり革命に伴う富の損失は大きく、また王や貴族が持っていた土地などの富が再分配されたようだが、その効果は極めて小さかったようだ。

 現代の私たちは、少々経済的不平等が増加しても、このような四騎士の襲来はまっぴらである。それでは四騎士以外の手段があるのだろうか。これは別の機会に書いてみたい。

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