2020年3月17日火曜日

いい加減にして欲しい「いい加減なテスト」ー睡眠姿勢と相性の関係


 もう10年ほど前に、私の以前のブログで、あるウェブサイトにあった睡眠姿勢と男女の相性の関係についての記事を批判したことがある。私は現在でも、わが大学の「心理学研究法」という授業でこれをサイエンスマインドも研究倫理もないひどい例として紹介しているが、なんと同じものが2019年に某ウェブサイトにアップされているではないか。

 記事内容を読めばわかるが、恋人同士が一緒に寝た時に、相手がどんな睡眠姿勢かで相性がわかるのだとか。これによれば、睡眠姿勢は、仰向け、うつ伏せ、横向きの3タイプに分類されている。仰向けになって眠る人は、腹部という弱い箇所を見せているという意味で、完全に相手に心を許しているのだそうだ。逆に、うつ伏せの人は、心を許していないらしい。また、横向きは、内臓に負担がかからない姿勢ということで不安を感じていて、相手に甘えているそうである。

 このライターが何をどこまで調べて書いたのかはわからないが、睡眠姿勢とパーソナリティの関係は、すでに英国のChris Idzikowskiという心理学者が仮説を提唱し、それがBBCに掲載されている(ただし、相性との関係までは述べられていない)。発表されている論文などから、この仮説は少なくともリサーチデータに基づいていることは推定できる。彼の分類は、より細かく、6種類だが、あきらかに上のライターの「睡眠姿勢と相性」の説明と食い違っている点を列挙しよう。Idzikowskiによれば、「うつ伏せ(freefaller)」は、社交的でせっかちだが神経過敏とあって、「睡眠姿勢と相性」のライターが述べているような、相手に心を許しにくいことまでは言及されていない。また、仰向けのうちの「大の字スタイル(starfish)」は、控えめで良い友達になれるパーソナリティだが、やはり心を許しているかどうかとは関係がなさそうである。3種類の横向けのうち、「胎児型(the foetus)」が「睡眠姿勢と相性」でいう横向きに近いかもしれないが、初対面の人にシャイとは書かれているが、甘えん坊とは記されていない。また、横を向いて両手を伸ばす「慕い型(yearner)」は、その命名に似ず、疑い深くシニカルとある。

 このIdzikowskiの結果は、あくまで統計的な傾向であって、睡眠姿勢とパーソナリティの関係には、複合的にさまざまな要因が絡まっているので、簡単な因果の図式を当てはめることはできない。よって、私自身も、仮に彼の主張を受け入れたとしても、睡眠姿勢から自分や知人の性格を安易に推定することを避けるであろう。それでも、彼の結果と例のライターによる「睡眠姿勢と相性」とどちらを信ずるかといえば、圧倒的に前者であろう。

 なぜかくもいい加減なものが相性診断と称してネット上に登場するのだろうか。この診断は、直感的に納得できるような「理論」を提示している点がクセモノである。「仰向けになって眠る人は、腹部という弱い箇所を見せているという意味で、完全に相手に心を許している」というように、いかにもありそうな筋書きで直感に訴えているのだ。

 この種のテストの大きな問題は、倫理的配慮の欠如である。たとえば、この診断をそのまま信じたカップルが、うつ伏せ寝のパートナーに不信感を抱いたりする可能性がないだろうか。それで、要らぬ不信感を生じさせて別れてしまった場合、誰がこの責任をとるのだろうか。かつて、血液型性格判断を素直に信じたある会社の人事部が、血液型で相性がよいとされる人事配置をしたり、また、性格的に否定的な評価を受けている血液型の人を採用しなかったりしたという事実もある。こういったことを考えれば、「睡眠姿勢と相性」の診断も、簡単に笑って許容できるようなものではないのである。

 少なくとも研究者としてトレーニングを受けていれば、「睡眠姿勢を相性」診断を書く前に、Idzikowskiの関連論文には目を通し、睡眠姿勢とパーソナリティの親和性や依存性などとの関係を調べるだろう。そして、関係が弱いものであれば、現実の判断への適用を見送るだろう。しかし、このライターはそういうことはまず行なっていない。読者がおもしろいと思ってとびついてくれれば売れるという商業主義の中で、この種の判断・診断は永久になくならない。専門の研究者は、下らないポップ・サイコロジーとして冷笑・無視しているのかもしれないが、倫理的問題をより前面に出して批判していく必要があるのではないかと思う。

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