ジャレド・ダイアモンドの『危機と人類』には、いくつかの国の危機の例が分析されているが、ダイアモンドの同僚たちが最も恐怖を感じたというのが、チリの独裁軍事政権である。チリは、南米の中でも伝統的に民主的な国なので、そんな国においてこういうことが起きたのだということがショックなようだ。この原因の一つとして政治の二極化が指摘され、現代のアメリカにおいても起こりうる恐怖として実感されたわけである。
チリでは、1970年にサルバドール・アジェンデが大統領になった。彼は、マルクス主義の政府をうちたてることを目標として、市場経済を社会主義的計画経済へと移行していった。アメリカ資本銅鉱山を接収したりして海外資本の大手企業を国有化したりしただけではなく、カストロはじめ多数のキューバ人を入国させていた。その結果、大きな経済危機を招き、そのために起きた財政赤字を解決するために紙幣の増刷を行い、ハイパーインフレへと突入していったのである。
それで起きたのが、1973年のアウグスト・ピノチェトのクーデターである。ピノチェトの敬虔なカトリックで温厚な老紳士というイメージから、多くの人々が軍事政権は一時的と信じた。しかし、アジェンデの自殺の後、彼の支持者であった人民連合のメンバーの多くが拘束され、拷問を受けたり殺害されたりした。また、国家情報局が創設されて追及は国外へも及び、1976年時点で13万人が逮捕されたようである。この体制は、1989年に政権が民政移管され、キリスト教民主党出身のパトリシオ・エイルウィンが19年ぶりの選挙で大統領に当選・就任するまで続いた。
健全な民主主義の国で起きたこの一連の危機の要因に政治の二極化があるとすれば、現代の民主国家においても十分に起こりうるとして恐怖を抱くのは理解できる。日本とて例外ではない。しかし、現時点でそれよりもリスクが高いのは韓国だろう。大統領が交替するたびに前任者が訴追されたり自殺したりと、現代の民主主義国家の中で政治的二極化が最も大きい国の一つかもしれない。文在寅の北朝鮮あるいは中国寄りの政策に危機感を抱いている国民は少なくはなく、経済政策でも効果をあげていないようだ。さらに、司法改革と称しての自分に忠誠を誓いそうな高級公職者不正捜査処を設置しようとする試みは、独裁化の臭いが強い。このまま独裁化に移行しても怖いし、さらにそれを打倒するには軍事クーデターしか残されていないという状況になるのも怖い。
しかし、現代は1970年前後とは大きく異なっている。現代の二極化の要因とされる情報化の促進も、どのようにすれば独裁化をストップできるのかという情報を多く人々にもたらせている。70年代と比較して、政治と民主化についての情報がはるかに人々の間に浸透している。楽観的かもしれないが、情報化社会において人々がいったん民主主義を享受すると、チリでの危機のようなことは起きることはないのではないだろうか。
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