2025年8月24日日曜日

野球部員全員の尊敬する人物が監督とはー広陵高校野球部の不祥事

  今年の夏の高校野球では、非常に後味が悪い広陵高校野球部の不祥事があった。寮で暴行等を受けた生徒が転校するなど、明らかに出場辞退に相当することがありながら、それを過少報告したりして大きな批判を浴びた。真相は必ずしも明らかではないので、この点については私はこれ以上の言及はしないが、非常に驚いたのは、甲子園の選手名鑑に掲載されていた、尊敬する人物に部員全員が監督の中井哲之氏を挙げていたことである。これは、甲子園の常連校では「よくあること」なのかもしれないが、甲子園を教育の場として称賛しているメディアや教育関係者は、これを「異常なこと」として認識する必要があろう。

 もちろん、集団のメンバー全員がリーダーを尊敬するということは悪いことではないし、このようなリーダーが称賛される場合もあろう。しかし、大半の場合、何らかの圧力がかけられている可能性があり、満場一致のパラドクスと呼ばれる現象ではないかと思える。これは、全員の意見が一致しているように見える場合に、むしろその意見の信頼性が低いという統計学上のパラドクスである。つまり、参加者が意見を表明する際に何らかの圧力が加わっていたり、また、参加者の判断を誤らせるような偏見が存在していたりする可能性があり、さらに、集団の結束を乱したくないという思惑から、自己検閲が働いてしまって、意見の信頼性が低下するわけである。

 権威主義的独裁者や戦前の天皇とその周辺を観察すれば、この現象の責任の大半はリーダーやその取り巻きにあると思われるが、現代の教育現場を見れば、このような圧力は、教師あるいは監督のパーソナリティの責任が大きい。大学教員を見ていても、自分は学生に尊敬されるべきと勝手に考えているナルシストがその典型だ。学生を支配したがり、自分自身を、学生を理解している理想の教員であると勝手に思い込み、把握できていない学生のプライバシーがあったりすると不安に陥る。そして、悩みごとを自分ではない教員 (たとえば学生相談室など) に相談したりすると、烈火のごとく怒ったり、相談内容を教えろとねじ込んだりする。こういう教員の下では、指導をうける学生が忠誠心競争をしがちになり、アカデミックハラスメントやパワーハラスメントの温床になる。

 中井哲之氏の場合は、外面としては名監督として、部員から何らかの尊敬は受けていたかもしれない。しかし、甲子園での勝利が至上目標になれば、監督の意に沿わない (たとえば、寮のルールを守らないなど) 部員には、容赦のない制裁が監督自身からではなく集団のメンバーから加えられ、それを監督が隠ぺいするという、独裁国やトップダウン経営の企業でよく見られることが起きる。そういう意味で、広陵高校野球部のケースは決して特殊なわけではない。このほか環境的要因があるとすれば、高校野球あるいは甲子園大会をもちあげるメディア等の姿勢だろう。勝利至上主義を蔓延させ、しょせんはアマチュアの指導者を「名将」などと持ち上げてスター扱いすることが、この「異常なこと」をもたらしている。

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