ジョセフ・ヘンリックによる”The WEIRDest people in the world”という著作が、昨年、『WEIRD―「現代人」の奇妙な心理』というタイトルで日本語訳が出版された。非常に興味深くインパクトがある著作である。今回は、その前段階の、2010年にBehavioral and Brain Sciences誌に発表されジョセフ・ヘンリックたちによる”The weirdest people in the world?”というタイトルの論文について解説したい。この論文は心理学界に大きな反響を呼んだ。彼らの主張によれば、欧米主導で発展してきた心理学の様々な知見を支える主たる実験データは、ほとんどが西洋 (Western) 社会で教育 (Educated) を受け、産業 (Industrialized) 社会、豊かな (Rich) 社会、および民主的 (Democratic) 社会の人々からのものである。これらの頭文字をつなげるとWEIRDとなり、偶然ながらこの単語の意味は「奇妙な」である。実際、西洋人は、人類の歴史という点から極めて奇妙なのである。
これまでは、西洋人が人類の標準であり、西洋人を実験参加者として心理学的現象が観察され、心理学の理論が構築されてきた。非西洋人のデータが西洋人のデータパターンと異なったとしても、それは、教育を受けていなかったり、西洋とは異なる文化社会の中で育ってきたりという、文化的特殊性によるものとして説明されてきた。人類の普遍性の基準はあくまで西洋人だったわけである。つまり、西洋人が特殊な文化・文明を築き上げたというよりは、世界の文化・文明を主導している西洋人が現時点での人類の完成形であり、西洋人以外の人々も、文化・文明が発展すれば予定調和的に西洋人のようになるという想定の下でさまざまな行動科学的研究が行われてきたわけだ。
ヘンリックたちによる論文は、この想定に疑義を呈するものだった。推論などの認知スタイルやモラル的価値観、協調性、自己概念など、すでに西洋人と東洋人で文化差が指摘されている領域も多いが、この論文で驚きだった
(私が無知なだけだったのだが) のは、ミューラー・リャー錯視などの視知覚においてさえも文化差が存在するという指摘である。視知覚などの人類の比較的文化普遍と考えられる領域においてさえも文化差が見られ、かつ西洋人が「奇妙」ということは、特定の行動現象が、西洋人などの単一の部分集団からのサンプリングに基づいて普遍的であると主張する明白な先験的根拠を失わせることになる。彼らの論文は、人間の本性についての問題を、「奇妙」な人々の一部から抽出されたデータに基づいて扱うことに、警鐘を発することで締められている。
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