2019年11月21日木曜日

「スロー」と「ファスト」に関わる話題 (2)―グレタ・トゥンベリさんがメッセージを発信する意味


 「スロー」と「ファスト」の重要な区分は、前者の判断が熟慮的で後者の判断が直感的というものであり、前回の記事で、熟慮が好まれることもあれば、直感が好まれることもあるという例をあげた。この記事では、子どもの発言について、「スロー」と「ファスト」の枠組みで取り上げてみたい。

 現在、地球温暖化が加速化されており、二酸化炭素ガス等の排出の影響が大きいと推定されている。この問題に、先進産業国が真剣に取り組んでいないと、スウェーデンの16歳の環境活動家、グレタ・トゥンベリさんが、9月の国連の気候行動サミットにおいて涙ながらに温暖化対策の強化を各国首脳に訴えた。温暖化の問題について1997年に京都議定書が採択され、それ以降20年以上経つが、各国の動きは概して鈍い。この鈍さの理由は、二酸化炭素ガスがこの温暖化の原因であるとする確実に科学的な証拠がないことや、産業や経済の発展にストップをかけるような対策をためらっていることがあるだろう。しかし、グレタさんは、この温暖化にストップをかけないと子どもたちのかけがえのない未来が奪われてしまうと訴えているのである。

 私はこの訴えに大きく賛同するが、概して大人の政治家は冷淡なようである。たとえば、米国のトランプ政権は114日、地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定からの離脱を国連に通告したと発表した。通告から1年後に脱退が完了する。それだけではない。情けないのは、日本の政治家や文化人とされている人たちの「子どもを使ったプロパガンダだ」とか「誰が後ろで糸をひいているのか」などの反応である。仮に糸を引いている人間がいるのだとしても、その人間の意見として評価すればよいだけである。

 明確な二分法はあてはまらないが、概して、子どもの判断は「ファスト」である。その理由は、認知機能は、直感的なものから熟慮的な方向に、つまり「ファスト」を「スロー」が制御できる方向に発達すると想定されているので、子どもの主張は直感のウェイトが高いとみなされるわけである。スウェーデンにおける温暖化の影響について私はあまり詳しくはないが、気候変動が激しくなったり、氷河が溶けたり、あるいはこれまで生息できていなかった害虫が発見されたりするのを目の当たりにすれば、そこから「これではいけない」という直感的判断が生まれるのは当然だろう。日本人だって、猛暑だけではなく、とてつもなく激しい台風とそれに伴う想定外の雨量から、直感的な恐怖を感じ取っている人は多いのではないだろうか。

 熟慮的判断は、直感的判断に加えていろいろな要因を追加する。二酸化炭素ガスの排出を抑制するためには化石燃料の使用を控えねばならないが、それが産業や経済、さらには科学の発展に及ぼす負の影響も考慮するだろう。影響ありとする科学的証拠もなしとする科学的証拠も吟味する。

 しかし、それでは加速的な温暖化に対応が遅くなる可能性があり、ここは迅速な直感が重要である。さらに、直感は熟慮よりも人々の感情に訴えて、動かす力がある。温暖化をストップさせるためにも、あるいは温暖化に対する農業や漁業の迅速な対応のためにも、私たちは彼女の直感に動かされなければならないのではないだろうか。

2019年11月3日日曜日

「スロー」と「ファスト」に関わる話題 (1)―結婚相手は「ファスト」で選ぶ?


 「スロー」と「ファスト」の違いの一つに、「ファスト」は進化的に古く、進化的合理性を示すのに対し、「スロー」は進化的に新しく、規範的合理性を示すというものがある。進化的合理性は、遺伝子の生き残りやコピー(繁殖を含む)と直結する合理性で、一方、規範的合理性は、ホモ・サピエンスが協同する上で必要なルールや論理学・確率論によって規定される。

 意思決定の規範候補の一つに、多属性効用理論がある。これは、複数の選択肢の中から最適な対象を選択する場合の基準で、それぞれの選択肢について、いくつかの属性において効用を推定し、各属性の重み(重要な属性は、重みが大きくなる)を考慮して、全体の効用を計算し、それが最も高い選択肢を選ぶべきと定められている。たとえば、以下のようにABCDのパソコンの中から1つを購入する場合を考えてみよう。人によって、属性の重みは異なるかもしれない(私は、「軽さ」をかなり重視している)ので、それを考慮して各選択肢の効用が計算可能である。効用(下の表では、5点満点として欲しい)や属性の重みはあくまで主観なので、規範とはいえないかもしれないが、かなり合理的な決定ができることがわかるだろう。


A
B
C
D
軽さ (人柄)
5
4
3
2
価格 (容姿)
2
4
3
5
容量 (収入)
4
2
3
4
処理の速さ (社会的地位)
3
4
4
3

 私は、思考実験として授業でときどき学生に質問するのだが、多くの学生は、まず購入するパソコンの選択なら、この方法は望ましいと判断する。ところが、これが結婚相手選択の場合ならどうだろうか。仮にあなたがAさんとしよう。そして、上の表の「軽さ」、「価格」、「容量」、「処理の速さ」という属性を、それぞれ「人柄」、「容姿」、「収入」、「社会的地位」に書き換えてみよう。あなた(すみません、あなたは「男性」とします)は、ある女性から、彼女が作成した表を見せられ、「私にはあなたを含めて4名の結婚相手候補がいたのですが、この表の結果、あなたを選びました」といわれたらどうだろうか。「人柄」が5になっているので、この部分が評価されたのかなとは思うだろうが、おそらくあまりいい気分にはならないのではないだろうか。学生に聞いても、パソコンは直感よりは多属性効用理論で選ぶほうが合理的だが、結婚相手として選ばれるなら、直感で選んでもらう方がはるかに嬉しいという答えが返ってくる。

 この理由はいくつか考えられるが、上のような表の場合、たとえば第5の候補者のEが現れて、EAであるあなたより優れていた場合に、すぐに選好が入れ替わってしまう可能性がある。長い結婚生活を考えると、それは嫌だということになろう。また、2とされた「容姿」について、「かなり容姿を我慢してもらっているのだな」と考えると、いくら彼女がそれを重視していないと理解できても、ちょっとやりきれない。

 それに対して、直感に代表される「ファスト」は、強い感情を伴って、修正がなされにくいという特徴がある。これなら選ばれるほうも満足というわけだ。ただし、『ファスト&スロー』の著者であるD. カーネマンも、結婚についての主観的幸福感の調査から、直感による感情は、結婚後急激に醒めていくという警告をしている。人生、なかなか思い通りにならないようだ。