2019年の大河ドラマが「いだてん」に決定したと報じられたときは、歴史ドラマ好きな私としては、かなり落胆した。また、これまでの大河ファンが離れてしまって視聴率が低迷しているようだ。しかし「いだてん」は、近代の歴史のおもしろさを十分に表現すると同時に、ドラマとしても秀逸なものになっていると思う。宮藤官九郎の、速いテンポの展開にヒューマンドラマを織り込んだ物語は、見ていて楽しいし、何よりもそれを名優たちが見事に演じていると思う。日本賛美が少々目に付くこともあるが、日本が、スポーツにおいて世界の舞台に向かっていく黎明期の躍動感を感じさせてくれる。
主演の金栗四三を演ずる中村勘九郎は、田舎の出身者として、おそろしく周期に気遣いをしながらも、間の悪さ、空気の読めなさ、とんちんかんさを醸し出しながら、希望と戸惑いをうまく表現していると思う。彼が演ずる金栗が、オリンピックなどの経験を経て、今後どのように成長していくのか非常に楽しみである。私は、心理学から見た演劇の持論として、ある特定の感情をうまく表現できるだけではなく、複雑な感情が絡まったときに、演じられている人物自身が自分の感情がわからない状態を、表情やしぐさで演じられるのが名優だと思っているが、「いだてん」の勘九郎はまさしくこれにあてはまる。勘九郎に勝るとも劣らず、やや屈折した複雑な心情を表現しているのが、三島弥彦役の生田斗真だろう。生田クンは、「軍師官兵衛」での敬虔なクリスチャン大名の高山右近や、映画「土竜の唄」で見せたハチャメチャ感など、さまざまな顔があるが、いくつかの異なる顔を持っている三島を魅力的に演じてくれている。
他にも、嘉納治五郎の役所広司、四三の兄の中村獅童など、名前をあげればきりがないほど名優が輝いている
(そういえば、中村獅童は「八重の桜」では佐川官兵衛を演じ、戦死したのは熊本だったなとどうでもいいことを思い出した)。「八重の桜」といえば、綾瀬はるかだが、「いだてん」での破壊力は、八重以上だろう。「八重の桜」つながりでちょっと物足りないのは、「白虎隊総長」兼「前髪クネ男」 (勝地涼) の存在感の薄さである。あるいは今回は、意図的に存在感を消しているのだろうか。
ド存在感といえば、三島弥彦の母を演ずる白石加代子である。これは白石さんにしかできない怪演だろう。で、その白石さんに決して負けていない存在感を示しているのが三島家の女中を演じている杉咲花である。実はこの女優は初めて見るのだが、タダものじゃない感が漂っている。
ただ、登場人物が多すぎて、わかりやすさが犠牲になっているようにも思う。はたして物語を、志ん生に語らせる必要があったのかという点も疑問で、またビートたけしではこの役に違和感を抱いてしまう。彼の噺を聞くのに苦痛を感ずるのは、私だけではあるまい。